旧柳原銀行本店(柳原銀行記念資料館)

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旧柳原銀行本店(柳原銀行記念資料館)
[柳原銀行(やなぎはらぎんこう)は、明治期に京都府柳原町(現京都市下京区)で設立された私立銀行。
1899年(明治32年)に、柳原町の町長経験者でもあった明石民蔵らによって設立。その後事業地域も京都市内全域に拡がり、1920年(大正9年)に山城銀行(やましろぎんこう)に改称。しかし、1927年(昭和2年)の昭和金融恐慌時に取り付け騒ぎが発生し、休業。その後破産に至る。  (wikipedia・柳原銀行より)]

[柳原銀行は,1899年(明治32),柳原町(現在の崇仁地区)の町長であった明石民蔵ら地元の有志によって、」同和地区内に設立された唯一の銀行です。
 当時,柳原銀行は,差別のために資金を得られなかった町内の皮革業者らに融資をすることによって、地域の産業の育成や振興に大きく貢献したほか、その利子を地域の小学校の運営資金や道路建設資金に当てるなど、地域の産業や教育の発展に大きく寄与しました。
 大正期には、山城銀行と改称し、営業を拡大していきましたが、金融恐慌などの影響を受けて、1927年(昭和2)に倒産しました。
 その後、その建物は、商店や借家として使用されましたが、1986年(昭和61)に道路の拡幅工事に伴う建物の取り壊し案が出たことを契機として、地域では、建物をまちづくりのシンボルとする保存運動が盛り上がり、保存に向けた様々な取組が行われました。
 また、1989年(平成元)に実施した京都市の建物調査においても、設計密度の高い明治後期の洋風木造建築物であることが判明し、1994年(平成6)、京都市登録有形文化財に登録されることとなりました。
 このような建物保存に対する地域の熱意と本市の取組とがあいまって、柳原銀行は、その建物を移築、復元することとなり、1997年(平成9)から、柳原銀行記念資料館として、新たに開館することとなりました。
 現在、柳原銀行記念資料館は、地域の方々から寄贈された貴重な資料をはじめ、地域の歴史、文化、生活等に触れる展示を通じて、同和問題をはじめとする、様々な人権課題についての正しい理解と人権意識の普及・高揚を図る人権啓発施設として、多くの皆様に親しまれています。  (「京都市:柳原銀行記念資料館について」より)]

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カメラ南東方向が旧柳原銀行本店(柳原銀行記念資料館)です。