松明殿稲荷神社

マーカーは松明殿稲荷神社です。

グーグル・アート・プロジェクト – 歴史アーカイブ – 「京都散策・明治初期~大正初期

松明殿稲荷神社
[伏見稲荷大社境外(けいがい)末社で田中社ともいう。  大己貴命(おおなむちのみこと)、伊弉諾命(いざなぎのみこと)、伊弉冊命(いざなみのみこと)、猿田彦命(さるたひこのみこと)、倉稲魂命(うがのみたまのみこと)を祭神とするが、このほか現在、天智天皇像(木像)、大友皇子像(木像)を安置する。  当社は、天暦2年948)に創始され、同10年(956)、により燎祭(りょうさい)が行われ、その時「炬火(たいまつ)殿」の号を賜った(たまわった)ことに由来すると伝えられる。  はじめ、黒門通塩小路下るにあったが、その後、七条東洞院などを経て、宝永8年(1711)現在の地に移ったとされる。  江戸時代に出された「都名所図会(みやこめいしょずえ)」には、伏見稲荷大社春の稲荷祭のとき、当神社の氏子の人々が松明(たいまつ)をともしてその神輿(みこし)を迎えるのを古例としていたことから「松明殿」の名で呼ばれたと記されている。  また、境内西側には、江戸時代中期の木食正禅養阿(もくじきしょうぜんようあ)の銘のある手洗石及び井戸がある。下京区七条大橋西詰稲荷町  (「京都観光Navi:松明殿稲荷神社」より)]

松明殿稲荷神社資料リンク
都名所図会」・巻之二 平安城再刻 七条河原松明殿 (松明殿)巻之二 平安城再刻 炬火殿 (松明殿)解説
七条河原松明殿 (松明殿)(拡大図)

[七条河原(しちでうかはら) 松明殿(たいまつでん) 四月上卯日 稲荷御祭礼]
[江戸時代、鴨川の七条河原には、中州を挟んで二つの橋が架けられていたのですが、その後それが七条橋という一本の橋になりました。
現在の七条大橋は、京都市電の開業を見据えて、市電の荷重に耐えられる頑丈なアーチ橋として明治44年11月に起工し、大正2年3月に竣工しました。
「RC充腹アーチ」と呼ばれるこのアーチ橋は、黎明期のRCアーチの中でも群を抜いて巨大な橋で、橋長は81.9m、幅員は17.8mあり、鴨川に架かる現存する橋の中ではもっとも古い橋と云われています。  (「七条大橋 ~明治期の意匠を残す鴨川最古の橋」より)]

松明殿稲荷神社 – Google Map 画像リンク

カメラ南方向が松明殿稲荷神社です。

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