聖光寺

マーカーは聖光寺です。

国立国会図書館デジタルコレクション – [洛中絵図・洛外絵図]. [2]」(コマ番号2/5・絵図中央左方向、四条通御旅町上方向、大雲院右上に聖光寺が描かれています。)

聖光寺
[錦綾山(きんりょうざん)と号し、浄土宗鎮西派に属する寺である。寺伝によれば、当地には平安時代後期、仏師康慶(こうけい)の居宅があり、その後園に浄土宗第二祖聖光房弁長(しょうこうぼうべんちょう)鎮西上人の草庵があったといわれている。弁長は、ここから8年間、法然上人の許に通い、浄土宗の法灯を受け継いだと伝えられている。  当寺は1204年(元久元年)、弁長の帰郷に際し、康慶がその別離を悲しみ、弁長自身の真影をこの草庵に奉安し、聖光庵と名付けたことに始まるといわれている。本堂には、鎌倉時代の作と伝えられる嵯峨式釈迦如来立像を安置し、寺宝としては清海曼荼羅(せいかいまんだら)、当麻曼荼羅(たいままんだら)の二幅を蔵している。また、境内には大石良雄の母と、綿屋善右衛門好時(わたやぜんえもんよしとき)天野屋利兵衛(あまのやりへい)の墓がある。  京都市  (「京都浄土宗寺院 特別大公開 聖光寺へ 古寺とお城の旅日記Ⅱ/ウェブリブログ」より)]

鎮西聖光上人遺蹤
[筑前国出身の聖光(1162~1238)は,鎮西上人とも称された。上洛して法然(1133~1212)に会い,浄土宗の教えを継承して建久8(1197)年この地に聖光寺を建立した。この石標は上人の遺跡聖光寺を示すものである。
所在地 下京区寺町通仏光寺上る東側(聖光寺前)
位置座標 北緯35度00分06.8秒/東経135度46分00.7秒(世界測地系)
建立年 文化5年
建立者 (聖光寺カ)
寸 法 高170×幅27×奥行27cm
碑 文
[東]
鎮西聖光上人遺蹤
[西]
文化五戊辰年十月再建 宗■
錺屋
栄玄
寄附
了円
舛屋
貞鏡
調 査 2002年3月28日
備 考 北面「聖光寺」はのちに貼付したものか  (「SI045 鎮西聖光上人遺蹤 – 京都市」より)]

聖光寺 地蔵堂 (開運地蔵菩薩) – Google Map 画像リンク」、「鎮西聖光上人遺蹤 – Google Map 画像リンク

カメラ東南東方向が聖光寺山門で、カメラ方向右に鎮西聖光上人遺蹤碑と案内板があります。