膏薬図子

マーカーは膏薬図子です。

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膏薬図子(こうやくのずし)
[膏薬図子(こうやくのずし)。四条通から綾小路通に抜ける狭い路地。新町通西洞院通の間、新釜座町にある。平安時代中期、天慶の乱に敗れ討死した平将門の首は京にもたらされさらし首となるが、空也上人はこれを弔うため厨子を作られた場所。空也供養の厨子がなまって「こうやくのずし」になったと言われる。通りには工房が多い。  (「京都そぞろ歩き「京都の小路」- 膏薬図子(こうやくのずし)」より)]

[自転車がなんとかすれ違える程度の細い路地。四条通に面しているが、一旦路地へ入ると喧噪とは全く無縁の地となる。
 「膏薬図子」という奇妙な名であるが、これはこの地に空也上人が供養のための念仏道場をおいたことが由来だという。「空也供養(くうやくよう)」が転訛して「膏薬」となったという訳である。ちなみに「図子」は「小路」よりも狭い路地の意味とのこと。つまり「膏薬図子」は空也上人が供養のために開いた土地にできた路地ということになる。
 この狭い路地の途中、一軒の家を借りるようにして、小さなが安置されている。これが空也上人の供養を必要としたものの正体なのである。屋内に丁重に置かれた、ちっぽけな祠こそが京都の神田明神なのである。そして祭神はいうまでもなく、平将門である。  (「膏薬図子 神田神宮」より)]

木版画の竹笹堂
[明治24年創業の老舗・木版画の竹笹堂(たけささどう)です。木版画司「竹笹堂」は、五代目・竹中健司氏が木版の新しい可能性を探りつつ、匠の技を生かした木版作品を販売するお店です。木版画は、江戸時代より絵師・彫師・摺師の三者の分業により制作され、今に受け継がれているそうです。木版印刷業として摺師の家系を守り、四代目当主・竹中清八氏は平成15年に「現代の名工」を受賞、平成17年には「黄綬褒章」を授与されています。  (「情緒あふれる石畳風路地 「膏薬図子」: 京 歩き – 古都人 – ココログ」より)]

膏薬辻子 – Google Map 画像リンク

カメラ南方向の小路が膏薬図子です。

カメラ位置は「旬肴家秀」前で、このストリートビューは「旬肴家秀」のストリートビューを使用させていただいています。小路が膏薬図子です。また、カメラ南方向右側に赤い旗が見えます、そこが「神田神宮」です。
旬肴家 秀 – Google Map 画像リンク

カメラ位置は明治24年創業の老舗・「木版画 竹笹堂」前で、このストリートビューは「竹笹堂」のストリートビューを使用させていただいています。小路が膏薬図子です。
竹笹堂 – Google Map 画像リンク

上画面とほぼ同じ地点、夜のカメラです。

カメラ西方向右の建物が京都市指定文化財に指定されている杉本家住宅で、杉本家住宅の西側(電柱横)に膏薬図子の口があります。

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