興正寺

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    国立国会図書館デジタルコレクション – [洛中絵図・洛外絵図]. [2]」(コマ番号2/5・絵図中央上に興正寺が描かれています。)

    興正寺
    [興正寺(こうしょうじ)は、京都府京都市下京区にある浄土真宗の寺院。山号は円頓山(えんとんざん)。西本願寺の南隣に位置する。かつて西本願寺の脇門跡であったが、1876年(明治9年)に真宗興正派として独立した際に、同派の本山となる。
    興正寺の寺伝では、第7世了源によって事実上創建されたとみなされるが、実際には、京都の五条西洞院にあった親鸞の住坊を元亨元年(1321年)頃に、了源が移転するなどして寺院として開いたのではないかと言われている。嘉暦3年(1328年)前後、了源は、教化活動の拠点を旧仏教の盛んな京都に移すべく寺基を洛東の汁谷(渋谷)(しるたに・しぶたに、現在の京都国立博物館の辺り)に移し、光明本尊・絵系図・交名帳を用いて西日本一帯の布教活動に力を入れた。この頃「阿弥陀佛光寺」の勅号を後醍醐天皇より賜る。
    その後、佛光寺は益々隆盛となったが、それとともに天台宗延暦寺の弾圧が強まった。第13世光教の時には応仁の乱に巻込まれ諸堂を焼失。さらに文明13年(1481年)には、14世を継ぐべき経豪(後の蓮教)が本願寺蓮如に帰依し、山科西野に再び「興正寺」として創建、有力末寺と共に当時山科にあった本願寺に帰参した。当時あった48坊のうち42坊が本願寺に帰属した。残された佛光寺は経豪(蓮教)の弟の経誉が継ぐが、寺勢は急激に衰え、代わって本願寺が台頭するところとなる。
    蓮教は蓮如と力をあわせて念仏弘通に奔走したが、天文元年(1532年)8月、山科本願寺と共に兵火にかかって興正寺は焼失。
    永禄12年(1569年)、興正寺に本願寺顕如の次男顕尊が入寺し、石山本願寺の脇門跡に任ぜられる。天正13年(1585年)第15世蓮秀は幸いにつつがなきをえた真影を供奉して、天台宗の寺があった大阪天満の地に、広大な堂舎を配した天満本願寺と共に真宗興正寺として法燈をかかげた。
    天正19年(1591年)第17世顕尊の時に、豊臣秀吉による都市計画の一環で、本願寺と共に寺基を再び洛中の七条堀川に移す。この寺地には時宗市屋派本寺の金光寺があった。
    このように蓮教以来、興正寺は本願寺と行を共にしていたが、明治9年(1876年)、第27世本寂(華園摂信)は興隆正法の実を挙げるべく、真宗興正派として独立した。ただし本願寺派に残留した興正寺末寺も少なくなかった。本堂は起工から128年の年数をかけ、日光東照宮の本廟・知恩院の三門とともに、日本三建築の一つと称せられた壮大華麗な大伽藍であったが、明治35年(1902年)11月、不慮の火災により、本堂その他ほとんどを灰燼に帰する不幸が起る。第28世本常(華園沢称)は直ちに再建の工を起こし、明治45年(1912年)、現在の両堂大伽藍が同寺地に完成した。
    三門・wikipedia-photo

    御影堂(正面)・wikipedia-photo

    阿弥陀堂・wikipedia-photo

      (wikipedia・興正寺より)]

    [通常拝観
    拝観料は無料です。
    三門の正面に御影堂が、右手前方に阿弥陀堂、右手手前には経堂、左手に宗務所、左手前に鐘楼があります。
    三門の両脇には白梅と紅梅があり、3月の上旬にはきれいに咲きます。
    また宗務所の奥には経蔵があります。
    そして御影堂の左を進むと、御影堂の裏側に表対面所がありますが、通常内部は非公開です。
    更にこの先を奥に進み、裏手から阿弥陀堂の背後に回り込むと、常慶苑という枯山水の書院前庭があります
    親鸞聖人のご真影を安置する御影堂と、阿弥陀如来をお祀りする阿弥陀堂は上がってお参りできます。
    阿弥陀堂の内陣右手には聖徳太子の、左手には法然上人の肖像画がお祀りされています。  (「興正寺 – Amadeusの「京都のおすすめ」 ブログ版(観光)」より)]

    興正寺公式ホームページ

    興正寺境内図(「0287興正寺 | うさぎのブログ」より)

    興正寺の資料リンク
    都名所図会」・巻之二 平安城再刻 興正寺巻之二 平安城再刻 興正寺解説
    興正寺(拡大図)

    興正寺 三門 – Google Map 画像リンク」、「興正寺 御影堂(大阪府北部地震のため立入禁止) – Google Map 画像リンク」、「興正寺 阿弥陀堂 – Google Map 画像リンク」、「円頓山 興正寺 経蔵 – Google Map 画像リンク

    カメラ西方向が阿弥陀堂門です。

    カメラ西方向が興正寺三門です。

    カメラ北西方向が阿弥陀堂で、カメラ南西方向が御影堂です。

    阿弥陀堂から御影堂への渡り廊下のカメラです。

    御影堂前のカメラです。

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