高瀬川(内浜)

マーカーは高瀬川(内浜)です。

高瀬川(内浜)
[七条通には「内浜」(うちはま)とよばれる船溜まりがあった(場所は現在の七条河原町を中心とした七条通の北側である)。 内浜の設置は、慶安元年(1648年)からの枳殻邸(渉成園)の建設などに合わせて、御土居の付け替え、高瀬川の流路の変更とともに行われた。内浜の名は御土居の内側に位置したことに由来する。  (wikipedia・ 高瀬川_(京都府)より)]

[高瀬川の舟運によって川筋の舟入には問屋が多数置かれ,商品を扱う商人や職人が同業者町を形成し,材木町,樵木町(こりきちょう),石屋町,塩屋町など職種や商品を反映した町名がつきました。また現在の七条通北,河原町通西につくられた内浜(うちはま)という舟入は,高瀬舟発着の基地となりました。  (「都市史22 高瀬川 – 京都市」より)]

カメラ位置は七条小橋東詰で、七条小橋北側の西木屋町通土手町通の間から間之町通まで現在の下京区材木町に内浜がありました。

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