宝憧三昧寺(壬生寺)

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    国立国会図書館デジタルコレクション – [洛中絵図・洛外絵図]. [2]」(コマ番号2/5・絵図中央右方向、壬生 延命寺が壬生寺です。)

    宝憧三昧寺(壬生寺)
    [壬生寺(みぶでら)は、京都市中京区壬生にある律宗本山の寺院である。本尊は地蔵菩薩開基園城寺(三井寺)の僧快賢である。中世に寺を再興した円覚上人による融通念仏の「大念仏狂言」を伝える寺として、また新選組ゆかりの寺としても知られる。壬生寺は通称で、寺号を宝憧三昧寺、院号を心浄光院という。
    園城寺(三井寺)の僧快賢が、991年(正暦2年)に自身の母のために建立したとされる。京都では珍しい律宗(総本山は奈良・唐招提寺)寺院である。中世に融通念仏の円覚上人が中興。重要無形文化財の融通念仏による壬生の「大念仏狂言」は円覚上人が始めたものと伝えられる。江戸時代後期の幕末には京都の治安維持を目的に活動した新選組(当初は壬生浪士組といった)の本拠が壬生村の八木家に置かれた。当寺境内は新選組の兵法調練場に使われ、武芸などの訓練が行こなわれたという。その縁で境内には局長近藤勇の銅像や、新選組隊士の墓である壬生塚がある(近藤勇の墓とされるものは、当所以外にも会津若松市、三鷹市などに存在する)。当寺旧本尊の地蔵菩薩半跏像(鎌倉時代後期の作)は、「壬生地蔵」と呼ばれ信仰を集めていたが、1962年(昭和37年)7月25日、放火により本堂とともに焼失した。現在の本尊・地蔵菩薩立像は、火災後に本山の唐招提寺から移されたものである。
    旧本堂は1962年、放火で全焼し、現在の本堂は1970年(昭和45年)の再建である。境内には他に大念仏堂(狂言舞台、重要文化財)、近藤勇銅像、壬生塚、千体仏塔(パゴダ様式の仏塔に1000体の石仏を円錐形に安置したもの)などがある。
    行事
    ●壬生狂言 – 毎年節分と4月、10月に演じられる無言劇。大念仏狂言(だいねんぶつきょうげん)とも呼ばれる。重要無形民俗文化財に指定されている。詳細は「壬生狂言」を参照
    ●壬生六斎念仏踊り – 年中行事として、かつては毎年8月9日の精霊迎え火、16日の精霊送り火、23日の地蔵盆に壬生寺で上演されていたが、現在は9日にのみ実施されている。重要無形民俗文化財。詳細は「壬生六斎念仏踊り」を参照
    ●地蔵盆時の出開帳 – 壬生寺は、地蔵菩薩を本尊とする寺として、地蔵盆の際に地蔵の石仏を貸し出す、俗称「レンタル地蔵」を行っている事でも知られる。
    京都でも新興住宅地などでは地域の地蔵が無く、地蔵盆が行えない事がある。この場合は宗教色を薄めた「夏祭り」とする所もあるが、地蔵を借りてきて地蔵盆を行う所もある。壬生寺の場合は、明治時代から京都各地の区画整理などに伴って祀れなくなった石仏が多数引き取られており、これを出開帳の形式をとって希望する各町に貸し出しているのである。
    本堂と千体仏塔・wikipedia-photo

    千体仏塔・wikipedia-photo

    盂蘭盆の万灯会・wikipedia-photo

    壬生狂言
    毎年節分と4月、10月に演じられる無言劇。大念仏狂言(だいねんぶつきょうげん)とも呼ばれる。重要無形民俗文化財に指定されている。詳細は「壬生狂言」を参照。
    壬生狂言・wikipedia-photo

      (wikipedia・壬生寺より)]

    壬生寺ホームページ
    宝憧三昧寺(壬生寺)境内図

    壬生寺の桜もそろそろ見ごろ(2012.4.10): 京都得々旅行情報

    壬生寺資料リンク
    都名所図会」・「巻之二 平安城再刻 壬生寺」、「巻之二 平安城再刻 壬生寺解説」、「巻之二 平安城再刻  あたごまいりのみぶ狂言 (壬生狂言)」、「巻之二 平安城再刻  桶とりの狂言 (壬生狂言)」 (図会解釈お勧めサイト)
    あたごまいりのみぶ狂言 (壬生狂言)(拡大図)

    [あたごまいりのみぶ狂言
    むかしより定れる狂言の数廿五番あり。桶とり、花盗人、紅葉狩、猿、愛宕参り、狐つり、ほうろくわり、鵺、頼光山入、盲人川渡、節分、花見、猿引、焔廬角力、餓鬼責、曽我、さいのかはら、棒しばり、性悪坊主、熊坂、羅生門、湯立、あふひのうへ、男伊達、棒ふり]
    桶とりの狂言 (壬生狂言)(拡大図)

    [壬生の大念仏は中興の開山円覚上人よりはじまり、毎年三月十四日十日十夜本堂におゐて修行す。此会の中種々の狂言をなす事、愚癡蒙昧の輩勝縁を結ばしめて、菩提の道に入しめんがための方便なるべし。 桶とりの狂言]

    拾遺都名所図会」・「巻之一 平安城 魂まつり (魂祭)
    魂まつり (魂祭)(拡大図)

    [こちらからいはせてばかり魂まつり 加賀千代
    六斎念仏は毎歳七月十五日に在郷よりおのおの組を立て都の町々に出、盂蘭盆会魂祭の馳走に家々の所望により行ひける。近年はおどけ狂言をまじへて衆人の目を悦ばしむるも、三仏乗の因となる便りならんと。]
    巻之一 平安城 壬生隼社 (隼社)」[戦前まで壬生寺の西側は田畑が多く残っており、江戸時代の「拾遺都名所図会 巻之一 平安城51頁:壬生隼社」(現代で言う所の絵解き京都観光ガイドブック)にも登場する壬生菜(みぶな:京野菜の一種)の産地として名を馳せていた。   (wikipedia・壬生_(京都市)より)]

    年中行事大成. 巻之1-4 / 速水春暁斎 画図」・「洛西壬生寺大念仏会」(3-26)

    壬生寺 – Google Map 画像リンク」、「壬生寺中院 – Google Map 画像リンク」、「壬生寺歴史資料室 – Google Map 画像リンク

    カメラ西方向が壬生寺表門で、門先右に一夜天神があります。壬生寺のストリートビューです。

    ストリートビューは壬生寺本堂前で、本堂左に千体仏塔、カメラ南南東方向に鐘楼、鐘楼左に手水舎、中院、カメラ北東方向に水掛地蔵、弁天堂、阿弥陀堂があります。

    カメラ東北東方向が狂言堂(大念仏堂)で、カメラ北方向に北門、北門左に三福川稲荷があります。