大老土井利勝屋敷(古河藩邸)跡

マーカーは大老土井利勝屋敷跡碑です。

大老土井利勝屋敷跡
[土井利勝(1573~1644)は,徳川家康の信任厚く,二代秀忠誕生時より秀忠に仕え,慶長15(1610)年老中となり,三代家光にも重用され寛永10(1633)年下総古河に移封され同15年には大老となった。度々上洛して朝廷と交渉にあたった。この石標は,老中大老職合わせて34年間を務めた土井利勝の京邸跡を示すものである。その子孫も老中や京都所司代となり,幕末まで下総国古河藩邸としての役割を果した。
所在地 中京区油小路通押小路下る西側(京都堀川音楽高校内)
位置座標 北緯35度00分42.0秒/東経135度45分11.9秒(世界測地系)
建立年 1970年
建立者 京都市
寸 法 高104×幅19×奥行19cm
碑 文
[南東]
大老土井利勝屋敷跡
[南西]
昭和四十五年三月 京都市
調 査 2002年2月6日  (「NA090 大老土井利勝屋敷跡 – 京都市」より)]

[御池油小路の北側、現在堀川音楽高校や城巽自治会館のある辺りは、二条城の巽の方角にあるため城巽地区と呼ばれる。自治会館の建物の前、門内に大老土井利勝屋敷跡碑が建てられている。即ち、古河藩邸跡である。
 土井利勝がこの地に屋敷を設けた時期は明確ではないが、寛永十五年の地図には見えるらしい。利勝は正保元年(1644)に没したが、子孫も老中や京都所司代を拝命し、古河藩は幕末までこの屋敷を維持した。  (「史跡訪問の日々(98ページ目) – goo blog(gooブログ)」より)」

大老土井利勝屋敷跡 – Kioto, 京都府 – Foursquare

京都大学貴重資料デジタルアーカイブ – 中井家絵図・書類」 – 「寛永後萬治前洛中絵図(1642年)」(絵図中央・二条御城左下に土井大炊頭(利勝)屋敷が描かれています。)

西尾市岩瀬文庫/古典籍書誌データベース – 京町御絵図細見大成(1868)」(絵図中央・二条御城右下に土井ヤシキが描かれています。)

大老土井利勝屋敷屋敷跡 – Google Map 画像リンク

カメラ北西方向現在は城巽自治会館になっていますが、この敷地内に大老土井利勝屋敷跡碑が設置されています。