忍藩松平(奥平)家京屋敷跡

マーカーは忍藩松平(奥平)家京屋敷跡です。

[忍藩は武蔵国埼玉郡に置かれた藩。
寛永年間(1624~1644年)幕府老中職であった藩主松平信綱が東堀川通竹屋町下がる東側に京屋敷を設置。
のち釜座通夷川上るに移り、文政六年(1823)松平忠堯の入府以後、幕末まで東洞院通蛸薬師下がる町に所在。  (「京都辞典」より)]

1 VOL23 第6章 第五節 松平侯忍時代 明治維新上編 目次 1 …」「VOL24 第6章 第5節 松平侯忍時代 明治維新中編 目次 1 …

京都大学貴重資料デジタルアーカイブ – 中井家絵図・書類」 – 「寛永後萬治前洛中絵図(1642年)」(絵図中央・二条御城右下、東堀川通竹屋町下がるに松平伊豆守(松平信綱)屋敷が描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 文久改正新増細見京絵図大全(文久3 [1863])」(絵図中央右・東洞院/蛸薬師、右下に松平下総守(松平忠誠)が描かれています。)

西尾市岩瀬文庫/古典籍書誌データベース – 京町御絵図細見大成(1868)」(絵図中央右・東洞院/蛸薬師、右下に忍ヤシキが描かれています。)

カメラ位置は東洞院通蛸薬師通下がるで、カメラ東方向が忍藩松平(奥平)家京屋敷跡になると思います。