福井藩邸跡、橋本左内寓居跡

マーカーは福井藩邸跡碑です。

福井藩邸跡
[越前福井藩は,家康の子結城(松平)秀康(1574~1607)を祖とする松平氏が治めた。この地に藩邸が置かれたのは比較的新しく,天保2(1831)年の絵図に描かれるのが早い例である。幕末の藩主松平春嶽(1828~90)は,人材を登用し藩政改革を断行し,公武合体派の中心として幕末の京都で活躍した。この石標はその藩邸の跡を示すものである。
所在地 中京区油小路通二条下る西側(京都国際ホテル前)
位置座標 北緯35度00分47.1秒/東経135度45分07.5秒(世界測地系)
建立年 1968年
建立者 京都市
寸 法 高106×幅18×奥行18cm
碑 文
[西]
福井藩邸跡
[北]
昭和四十三年十一月 京都市
調 査 2002年2月6日  (「NA091 福井藩邸址 – 京都市」より)]

橋本左内寓居跡
[橋本左内(1834~59)は,福井藩出身で父は藩医であった。大坂緒方洪庵(1810~63)に医学洋学を学んだ後,江戸に出てさらに蘭学医学を学んだ。藩主松平春嶽(1828~90)に認められ藩医・御書院番・藩校学監となり,藩政改革に尽力した。将軍継嗣問題で藩主を助け一橋慶喜擁立を周旋したことを罪に問われ,安政の大獄で斬首に処せられた。この石標は越前福井藩邸内の橋本左内寓居の跡を示すものである。
所在地 中京区東堀川通二条下る東側(京都国際ホテル前)
位置座標 北緯35度00分48.9秒/東経135度45分08.0秒(世界測地系)
建立年 1968年
建立者 京都市
寸 法 高97×幅19×奥行18cm
碑 文
[西]
橋本左内寓居跡
[北]
昭和四十三年十一月 京都市
調 査 2002年2月6日。  (「NA065 橋本左内寓居跡 – 京都市」より)]

国立国会図書館デジタルコレクション – 文久改正新増細見京絵図大全」(文久3 [1863] – 絵図中央・二条御城右下に越前ヤシキと描かれています。また、絵図中央右方向、鴨川東にも越前ヤシキが描かれています。)

西尾市岩瀬文庫/古典籍書誌データベース – 京町御絵図細見大成(1868)」(絵図中央・二条御城右に越前ヤシキが描かれています。また、絵図中央右方向、鴨川東にも越前屋敷が描かれています。)

カメラ東北東方向に福井藩邸跡碑があります。

カメラ東北東方向に橋本左内寓居跡碑があります。

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *

*