誓願寺

マーカーは誓願寺です。

国立国会図書館デジタルコレクション – [洛中絵図・洛外絵図]. [2]」(コマ番号2/5・絵図四つ切左下、三条大橋右上方向に誓願寺が描かれています。)

誓願寺
[誓願寺(せいがんじ)は、京都市中京区新京極通にある寺院。浄土宗西山深草派総本山である。本尊阿弥陀如来、依拠の経典は浄土三部経である。
天智天皇6年(667年)、天皇の勅願により奈良に創建。平安遷都後、西山上人証空の弟子円空(1213年-1284年)が京都の深草に寺を建て布教したのが始まりである。日本各地に無住の寺を含めて400か寺余りの末寺がある。愛知県三河地方を中心に四国兵庫、京都に多くの末寺が存在している。歴代の管長は三河地方から多く出ている。本寺のある場所は京都の中心街である新京極にある。御所に近いことから朝廷との交流も多く見られた。能の曲目に『誓願寺』があるが、この本山のことを指している。天明の大火、弘化の大火、元治の大火の三度大火に罹り、さらに明治維新とそれに続く廃仏毀釈で寺地を公収され境内は狭隘となったが、扇の塚のある寺として芸能関係にはよく知られた寺である。説教から発達した講談落語漫才などの芸人の成就を祈願する寺として知られている。また、落語発祥の寺とも言われている。今でも関西地方の芸人たちがこの寺で練習会を営んでいる。戦前は西山三派と言われている深草派(誓願寺)、禅林寺派禅林寺、通称永観堂)、光明寺派(光明寺)の浄土宗の寺が一緒になって運営されていた時代がある。戦後は、それぞれの派に別れ、独自の布教活動を行っている。浄土宗西山深草派の総本山が誓願寺である。また、三派が一緒に活動していた頃にできた西山専門学校(僧侶育成の専門学校)は戦後に京都西山短期大学と名称が変わり、同宗派三派のリーダーを育てる大学として現在ある。
誓願寺山門・wikipdia-photo

  (wikipedia・誓願寺より)]

迷子しるべ石(まいごしるべいし)
[中京区新京極通三条下る(誓願寺前)
江戸時代には迷子を探す手だてとして,石碑の片側に迷子の名前等を書いた紙を貼り、情報を持っている人が反対側にその情報を書いた紙を貼るという習俗があった。京都では北野天満宮の奇縁氷人石、八坂神社の月下氷人石,そしてこの迷子しるべ石が著名である。  (「NA079 迷子しるべ石 – 京都市」より)]

誓願寺 除夜の鐘 – KYOTOdesign」、「「誓願寺の除夜の鐘」 – 絶景かなドットコム(京都)

誓願寺資料リンク
都名所図会」・「巻之一 平安城再刻 誓願寺」、「 巻之一 平安城再刻 誓願寺境内 (誓願寺)」、「巻之一 平安城再刻 誓願寺解説
誓願寺(拡大図)

誓願寺(浄土宗西山深草派本山) – Google Map 画像リンク

カメラ東北東方向が誓願寺山門です。

誓願寺本堂前のカメラです。

誓願寺本堂内のカメラです。

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