伏見城石垣(桃山東小学校内)

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伏見城石垣(桃山東小学校内)
[昭和52(1977)年,桃山東土地区画整理事業の作業中,慶長元(1596)年に築かれた帯曲輪(くるわ)の基礎部分にあたる全長約100メートルの石垣が発見されました。石1個の重さは1トンから2トン半。石には墨で「二」「上」「大た尓」(おおたに)の文字が書かれていました。そのうち,15メートル分が桃山東小学校に移築復元されました。京都市登録文化財。
 出土した石約300個には御香宮神社境内に保管されたものと,京都市西京極総合運動公園ゲートのモニュメントとして保存活用されているものがあります。  (「都市史20 伏見城 – 京都市」より)]

[豊臣秀吉(1536~98)は,天正20(1592)年伏見に隠居屋敷を作り,翌年伏見屋敷を造替し城郭とし豊臣氏の本拠とした。文禄5(1595)年大地震で倒壊するが再建され,秀吉は慶長3(1598)年この地で没した。秀吉没後,徳川家康(1542~1616)が預かったが,慶長5(1600)年関ヶ原の戦いの時に西軍により焼かれ,その後再建されたが,元和9(1623)年幕命により取り壊され,諸殿舎は各地に引き取られ分散した。この石標は,豊臣秀吉の伏見城東南壁にあたる石垣を示すものである。
所在地 伏見区桃山町伊庭(桃山東小学校内)
位置座標 北緯34度56分08.4秒/東経135度47分11.2秒(世界測地系)
建立年 1986年
建立者 京都市
寸 法 高118×幅20×奥行20cm
碑 文
[南]
京都市登録史跡
伏見城石垣
[東]
昭和五十九年六月一日登録
昭和六十一年三月三十一日設置
[北]
京都市
調 査 2002年2月12日  (「HU027 伏見城石垣 – 京都市」より)]

伏見城石垣 – Google Map 画像リンク

カメラ東北東方向・金網フェンス向こうに 伏見城石垣が保存されています。