恋塚寺

マーカーは恋塚寺です。

恋塚寺
[利剣山(りけんざん)と号する浄土宗の寺院である。寺伝によれば、平安時代の末期、北面武士遠藤(えんどう)武者盛遠(もりとう)が、渡辺佐衛尉源渡(みなもとのわたる)の妻、袈裟(けさ)御前に横恋慕し、誤って彼女を殺してしまった。盛遠は己の非道を深く恥じ、直ちに出家して文覚(もんがく)と名乗り、彼女の菩提を弔うため墓を設け、一宇を建立したのが、当寺の起りといわれている。本堂には、本尊阿弥陀如来像の外、袈裟御前と源渡、文覚上人の三人の木像を安置している。境内には、恋塚と呼ばれ、袈裟御前の墓と伝える石塔が建てられている。その傍の六字名号石は、法然上人の筆で文覚上人が建立した石板と言われ、この筆蹟は、人倫の大道を教えるものとして、古来より詩歌、謡曲などで知られている。伏見区下鳥羽城ノ越町  (「京都観光Navi:恋塚寺(駒札)」より)]

[上鳥羽の浄禅寺と下鳥羽の恋塚寺に「恋塚」と呼ばれる石塔があります。これらの塚は両寺の開基となった文覚の逸話を伝えています。寺伝では北面の武士だった遠藤盛遠が同僚の妻・袈裟御前(けさごぜん)に横恋慕し、誤って殺してしまうことで出家したとされています。後に文覚は源頼朝の知遇を得て、頼朝や後白河法皇の庇護の下、神護寺東寺ほか多くの寺院の復興に貢献します。
恋塚寺には浄禅寺と共に「恋塚」があります。袈裟御前の肖像画等を所蔵しています。  (「32 鳥羽作道 – 京都市埋蔵文化財研究所」より)]

都名所図会」・巻之四 右白虎再刻 下鳥羽恋塚寺 (恋塚寺)巻之四 右白虎再刻 下鳥羽恋塚寺 (恋塚寺)解説
下鳥羽恋塚寺 (恋塚寺)(拡大図)

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カメラ東方向が恋塚寺山門です。

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