戊辰東軍戦死碑(法伝寺)

マーカーは法伝寺です。

戊辰東軍戦死碑(法伝寺)
[この碑は,戊辰戦争の発端となった鳥羽伏見戦の東軍(幕府軍)戦死者を供養するものである。法伝寺の門前は鳥羽街道で,慶応4(1868)年正月3日から5日にかけて激しい戦闘が繰り広げられた。明治40年に戦死者四十年祭が執行された時に,悟真寺妙教寺長円寺に3基の東軍戦死者招魂碑が建設されたが,本碑はその先駆と見なされ碑前でも法要が行われている。
所在地 伏見区下鳥羽三町(法伝寺内)
位置座標 北緯34度56分06.8秒/東経135度44分27.5秒(世界測地系)
建立年 1897年
建立者
寸 法 高230×幅147×奥行50cm
碑 文
[西]
戊辰東軍戦死之碑
太宰府宮小路康文書
[東]
明治三十年
一月吉晨建之
発起人連名
調 査 2015年12月9日
備 考 碑前に「戦死者埋骨東北悲願寺墓地」と刻んだ標石がある  (「HU005 戊辰東軍戦死碑 – 京都市」より)]

戊辰東軍戦死碑 – Google Map 画像リンク」「瑞華山 薬師院 法傳寺 – Google Map 画像リンク

カメラ東方向が法伝寺山門です。

カメラ位置は法伝寺前で、カメラ東方向に戊辰東軍戦死碑があります。