淀小橋跡

マーカーは淀小橋跡碑です。

淀小橋
[淀小橋は宇治川に架けられた橋で,紀伊郡納所村と城下町淀を結んだ。京都伏見大坂を結ぶ街道のかなめにあった重要な橋である。淀小橋は淀川改良工事(明治 30 ~同 44 年施工)の一環として明治 36 年に宇治川が付け替えられると,その流路からはずれ撤去された。この石標は淀小橋の跡を示すものである。
所在地 伏見区納所町八番
位置座標 北緯 34 度 54 分 27.9 秒/東経 135 度 43 分 11.4 秒(世界測地系)
建立年 1990 年(原碑 1928 年)
建立者 京都淀ライオンズクラブ
寸 法 高 161 × 幅 20 × 奥行 20cm
碑 文
    [南]
    淀小橋旧趾
    [北]
     昭和二年【原碑「昭和三年」】春
    再建 京都三宅安兵衛遺志建之
    [西]
    平成二年結成十五周年記念
     京都淀ライオンズクラブ建之
調 査 2002 年 2 月 13 日
備 考 三宅安兵衛石標の復元/原碑(HU076)あり  (「HU035 淀小橋旧趾」より)]

淀納所
[巨椋池の西に位置し、宇治川・木津川桂川の三川が合流する淀は、古来から港として重要な位置を占めていた。現在の桂川右岸の、大下津・水垂辺りを「與等津(よどつ)」と総称されていた。(津とは港のことである)
また川を挟んで南にある中州を島の内と称し、淀小橋を渡った桂川左岸辺りを納所(のうそ)と呼んだ。納所とは「品物を納める所」の意味で、淀川を上って都へ送られる物資を積み替えなどの為一時保管する所として生まれた。  (「淀納所」より)]

淀小橋資料リンク
西尾市岩瀬文庫/古典籍書誌データベース – 淀惣絵図(成立推定 近世前期写)」(内容より淀藩主が永井氏時代の絵図で、寛永10年以後、寛文9年以前。淀の大橋と小橋が描かれるので、寛永16年以後。城郭内の北側に「亀之介様」(虫損あり、推読)あり、尚征(尚政の子)の子で、後に一門で摂津高槻城主永井直時の養嗣子となる直種か(万治元年生)。概ね寛文初年頃の成立か。やや後年の転写本か。絵図中央に淀小橋が描かれています。)

都名所図会」・「巻之五 前朱雀再刻 淀」、「巻之五 前朱雀再刻 淀川 (淀)解説」、「巻之五 前朱雀再刻 淀姫社 (淀姫の社)」、「巻之五 前朱雀再刻 淀姫の社解説」(図会左ページに描かれている淀姫社・與杼神社は明治35年桂川河川敷改修工事によつて淀城跡公園内に移設されている。)
淀(拡大図)

[淀の水車はむかしよりありて、耕作のためにす。秀吉公の室淀殿これに住し給ひしより、城中の用となす也。]

拾遺都名所図会」・「巻之四 前朱雀 淀大橋・孫橋
淀大橋・孫橋(拡大図)

[図会右ページに木津川に架かる淀大橋、その左に孫橋が描かれています。]

カメラ北東方向が淀小橋跡碑です。

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