総本家駿河屋伏見本舗

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駿河屋
[株式会社駿河屋(するがや)は、和歌山県和歌山市に本店のある老舗和菓子メーカー。羊羹発祥の店といわれる。全国各地に駿河屋の名を持つ菓子店が多く存在するが、駿河屋からの分家、暖簾分けによるものは11社である。
室町時代中期(約540年前)に創業した駿河屋は、和菓子メーカーでは「老舗中の老舗」とされ、西日本を中心に直営店や百貨店などで羊羹などを販売している。現存する日本の企業としては最も古いものの一つに数えられる。煉羊羹は駿河屋を代表する商品として有名である。
なお駿河屋は代々紀州徳川家御用御菓子司を務めた。
東京証券取引所、大阪証券取引所に株式を上場していたが、長引く和菓子の需要低迷による業績不振から株価も低迷、ついには上場を維持できる時価総額基準に抵触しつつあったことから、2003年に架空増資に手を染め、創業家出身の社長が逮捕される事件を引き起こした。事件判明後、上場廃止の処分を受け、経営陣も改まり再建に努めた。
2015年(平成27年)2月18日 – 新会社「株式会社総本家駿河屋」が京都市の伏見店が営業を再開。  (wikipedia・駿河屋より)]

[沿革
●1461年 (寛政2年) – 初代岡本善右衛門が、船戸庄村(現在の京都伏見の郊外)に「鶴屋」の屋号で饅頭処の商いを始める。
●1589年 (天正17年) – 蒸羊羹を改良して作られた「伏見羊羹」別名「紅羊羹」を発売。豊臣秀吉大茶会で諸侯に引き出物として用いられ絶賛される。
●1619年 (元和5年) – 徳川頼宣公(初代)紀州にお国替え。鶴屋(現 総本家駿河屋)は紀州家御用菓子司に任命される。(和歌山に御用本店、伏見に総本家を置く)
●1658年 (万治元年) – 煉羊羹の材料選別、配合具合、炊き上げ方法など工夫し、寒天和三盆糖を用いて完全な煉羊羹の製法を確立した。
●1685年 (貞享2年) – 第五代将軍徳川綱吉公の御息女鶴姫が紀州家に御降嫁となった。屋号「鶴屋」を返上して、徳川家ゆかりの屋号「駿河屋」を賜る。
●現在 – 羊羹の元祖として和歌山と京都伏見において、伝統の味を持つ羊羹を製造販売し、和歌山では、当初の饅頭処から連綿と続く「本ノ字饅頭」を昔ながらの製法のまま、その味を伝えております。  (「総本家 駿河屋ホームページ – 駿河屋の歴史」より)]

総本家駿河屋 伏見本舗 – 観月橋/和菓子 [食べログ]

総本家駿河屋 伏見本舗 – Google Map 画像リンク

カメラ東北東方向が総本家駿河屋伏見本舗で、カメラ西方向が魚三楼です。

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