上善寺(鞍馬口地蔵)

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    国立国会図書館デジタルコレクション – [洛中絵図・洛外絵図]. [2]」(コマ番号3/5・絵図中央左、相國寺左下方向に浄善寺が上善寺と思われます。)

    上善寺(鞍馬口地蔵)
    [上善寺(じょうぜんじ)は、京都市北区にある千松山(せんしょうざん)遍照院と号する浄土宗の寺院。
    京都六地蔵巡りの地蔵『鞍馬口地蔵』がある寺として有名であり、毎年8月の22・23日の両日には多くの参拝者で賑う。また本尊として阿弥陀仏坐像が祀られているが、この阿弥陀仏坐像は、行基作と伝えられており、寛永11年(1634年)嵯峨今林蓮華清浄寺から移してきたものである。
    境内東側にある墓地内には「長州人首塚碑」があり、元治元年(1864年)の7月19日に起こった禁門の変において、鷹司(たかつかさ)邸附近で亡くなった長州藩入江九一・原道太・半田門吉・奈須俊平・田村育蔵・緒方弥左衛門・小橋友之輔と無名の1人計8名を、当時堺町御門警衛隊長であった越前藩桑山十蔵が主君松平春嶽の許しを得て、越前藩菩提寺であったこの寺に葬ったものである。
    (明治38年(1905年)、旧長州藩主毛利家により塚周辺が整備された)
    寺伝によると、貞観5年(863年)に、僧円仁により、天台密教の道場として、千本今出川上京区)に創建されたと伝えられており、その後、文明年間(1469~87)に、春谷盛信によって再興され、後柏原天皇勅願寺として栄えた。
    文禄3年(1594年)、豊臣秀吉による京都改造に伴う寺町通の整備に伴い、寺域を現在地に移し、宗派も浄土宗に改められた。(※旧地・上京区今出川通千本西入南上善寺町143には天台真盛宗上善寺が再建されている。)
    明治時代に起こった廃仏毀釈によって、鞍馬街道の入口にある深泥池の畔にあった地蔵菩薩がこの寺に移され、以降通称鞍馬口地蔵と呼ばれるようになった。
    本堂・wikipedia-photo

      (wikipedia・上善寺より)]

    小山郷六斎念仏
    [六地蔵めぐり8月22日~23日、上善寺。六斎念仏踊りは平安時代の中頃、空也上人が庶民に念仏を唱えることを教えて京都の町々を巡ったことに始まる。国の重要無形文化財に指定されている。三段重ねの碁盤の上で獅子が逆立ちし、土蜘蛛が出て盛んに糸を吐く「獅子の曲」などが行なわれる。六斎念仏踊りは22日20時からのみ。地下鉄/鞍馬口駅、徒歩5分。市バス/出雲路橋、徒歩3分。問合先:上善寺075-231-1619。見学自由。  (「京都観光Navi:小山郷六斎念仏」より)]

    上善寺 鞍馬口地蔵2 予約拝観(鞍馬口、寺町北部散策7 …

    上善寺資料リンク
    拾遺都名所図会」・巻之一 平安城 上善寺巻之一 平安城 上善寺解説

    拾遺都名所図会」・「巻之一 平安城 魂まつり (魂祭)
    魂まつり (魂祭)(拡大図)

    [こちらからいはせてばかり魂まつり 加賀千代
    六斎念仏は毎歳七月十五日に在郷よりおのおの組を立て都の町々に出、盂蘭盆会魂祭の馳走に家々の所望により行ひける。近年はおどけ狂言をまじへて衆人の目を悦ばしむるも、三仏乗の因となる便りならんと。]

    上善寺(鞍馬口地蔵) – Google Map 画像リンク

    カメラ北方向が上善寺山門です。

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