地蔵院(椿寺)

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地蔵院(椿寺)
[地蔵院(じぞういん)は、京都市北区にある浄土宗の寺院。山号は昆陽山。本尊五劫思惟阿弥陀如来。椿寺の名で親しまれる。境内に観音堂があり、洛陽三十三所観音霊場第30番札所となっている。
この寺は、726年(神亀3年)行基摂津国に建立したのが始まりと伝えられ、室町時代におきた明徳の乱(1391年)で焼失したのを室町幕府3代将軍足利義満によって衣笠山の麓へ移されたという。天正年間(1573年~1592年)現在地に移されて中興された。豊臣秀吉が椿を寄進したことで知られ椿寺(つばきでら)の名で知られる。
山門・wikipedia-photo

散椿(2世)・wikipedia-photo

地蔵院・wikipedia-photo

鍬形地蔵尊・wikipedia-photo

  (wikipedia・地蔵院_(京都市北区)より)]

[神亀三年(七二六)行基菩薩が、聖武天皇の勅願に依り一宇を創建したのが始まりである。豊臣秀吉が北野大茶会の縁により献木した「五色八重散り椿」があったところから、一般に「椿寺」と呼ばれている。
 一木作りの十一面観音菩薩像(御丈五尺三寸、平安時代前期、慈覚大師作と伝えられる)が観音堂に奉祀してある。  (「洛陽三十三所観音巡礼 第三十番札所 椿寺 地蔵院」より)]

[もとは地蔵菩薩本尊としていたが、江戸時代に五劫思惟の阿弥陀仏をまつるようになった。
当院には豊臣秀吉が北野大茶会の因縁から献木したといわれる「五色八重散椿」のあるところから一般に「椿寺」と呼ばれている。
この散椿(樹齢四百年)は昭和58年に惜しくも枯れ、今は二世(樹齢百年)が花を咲かせている。
そのほか、天野屋利兵衛の墓や、蕪村の師匠「早野巴人」の墓がある。  (「京の通称寺 通称寺の会公式ホームページ 椿 寺 地蔵院」より)]

昆陽山 地蔵院 (椿寺) – Google Map 画像リンク

カメラ南方向が地蔵院(椿寺)山門です。

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