京の七口(東寺口、鳥羽口 )

マーカーは九条通千本交差点です。

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東寺口、鳥羽口
[山崎西宮を経て西に続く西国街道鳥羽を経てに至る鳥羽街道(鳥羽作道)がのびていた。
九条通千本東入るに御土居の出入口があった。
京の七口の一つとよく称される出入口と御土居・wikipedia-photo  (wikipedia・京の七口より)]

[九条通(くじょうどおり)は、京都市の主要な東西の通りの一つ。平安京の南端の九条大路にあたる。東は鴨川の九条跨線橋東詰の東福寺交差点でそのまま東大路通につながり、西は葛野大路通に突き当たる。千本通から西でやや南へ、西大路通からはさらに大きく南に振れていて、平安時代のものとは大きくずれている。
現在の千本通との交差点あたりに羅城門があった。その羅城門は 980 年(天元 3 年)に暴風雨で倒壊した後には再建されず、現在は碑が立っているのみとなっている。  (wikipedia・九条通より)]

[千本通は平安京の中心である朱雀大路の故地を通る。この朱雀大路は船岡山が正面に来るように決められたとも言われる。しかしもともと通行に必要な幅をはるかに超えていたことに加え、右京の衰退によって都の西のはずれとなったこともあり耕作者による占拠が進んだため、82~84メートルの幅があったとされる朱雀大路の面影はもはや残っていない。さらに、大内裏の焼失に伴い、その跡地(内野)を貫いてさらに北へと延びている。
千本通の名前については、船岡山西麓の葬送地への道に千本の卒塔婆を建て供養したのを通り名とした、または、『日蔵夢記』で、日蔵が地獄へおちた醍醐天皇と出会い「自分を地獄の責め苦から救い出すために千本の卒塔婆を立ててほしい」と、訴えられたので卒塔婆千本立てたことに由来する。  (wikipedia・千本通より)]

カメラ位置は九条通千本交差点で、カメラ南方向が鳥羽街道、カメラ西方向が西国街道です。

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