東土川城跡

マーカーは善法寺です。

今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部  谷 謙二(人文地理学研究室)京阪神図」の1892~1910年の地図中央に東土川と記述される「土川」の字の東側一画が東土川城跡になると思われます。

東土川城跡
[中世、久我 羽束師には、南北朝動乱以後、防御のための土塁や堀に囲まれた在地領主の居館跡が点在し、今も道沿いには民家の石垣や用水路にその跡がしのばれます。羽束師菱川城跡志水落合城跡古川城跡上久我城跡、東土川城跡が知られ、堀や土塁に囲まれた室町時代の面影を今に伝えます。  (「40.久我 羽束師 – 京都市埋蔵文化財研究所」より)]

東土川城(ひがしつちかわ)」「東土川城(京都府京都市) | 滋賀県の城

カメラ北西方向が東土川城跡北辺にあると思われる、善法寺山門です。

カメラ西北西方向が東土川城跡南辺の堀跡にあたる水路と思われます。