教王護国寺(東寺)

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    国立国会図書館デジタルコレクション – [洛中絵図・洛外絵図]. [2]」(コマ番号2/5・絵図四つ切右上に東寺が描かれています。)

    教王護国寺(東寺)
    [8世紀末、平安京の正門にあたる羅城門の東西に「東寺」と「西寺」(さいじ)という2つの寺院の建立が計画された。これら2つの寺院は、それぞれ平安京の左京と右京を守る王城鎮護の寺、さらには東国と西国とを守る国家鎮護の寺という意味合いを持った官立寺院であった。南北朝時代に成立した、東寺の記録書『東宝記』によれば、東寺は平安京遷都後まもない延暦15年(796年)、藤原伊勢人という人物が造寺長官(建設工事責任者)となって建立したという。藤原伊勢人という人物については、公式の史書や系譜にはその名が見えないことから、実在を疑問視する向きもあるが、東寺では古くからこの796年を創建の年としている。それから20数年後の弘仁14年(823年)、真言宗の宗祖である弘法大師空海は、嵯峨天皇から東寺を賜った。この時から東寺は国家鎮護の寺院であるとともに、真言密教の根本道場となった。東寺は平安時代後期には一時期衰退するが、鎌倉時代からは弘法大師信仰の高まりとともに「お大師様の寺」として、皇族から庶民まで広く信仰を集めるようになる。中でも空海に深く帰依したのは後白河法皇皇女である宣陽門院(1181年 – 1252年)であった。宣陽門院は霊夢のお告げに従い、東寺に莫大な荘園を寄進した。また、「生身供」(しょうじんく、空海が今も生きているがごとく、毎朝食事を捧げる儀式)や「御影供」(みえく、毎月21日の空海の命日に供養を行う)などの儀式を創始したのも宣陽門院であった。空海(弘法大師)が今も生きているがごとく朝食を捧げる「生身供」の儀式は、21世紀の今日も毎日早朝6時から東寺の西院御影堂で行われており、善男善女が参列している。また、毎月21日の御影供の日には東寺境内に骨董市が立ち「弘法市」「弘法さん」として親しまれている。中世以後の東寺は後宇多天皇後醍醐天皇足利尊氏など、多くの貴顕や為政者の援助を受けて栄えた。文明18年(1486年)の火災で主要堂塔のほとんどを失うが、豊臣家徳川家などの援助により、金堂・五重塔などが再建されている。何度かの火災を経て、東寺には創建当時の建物は残っていないが、南大門・金堂講堂・食堂(じきどう)が南から北へ一直線に整然と並ぶ伽藍配置や、各建物の規模は平安時代のままである。
    東寺門
    ●南大門(重要文化財) – 明治28年(1895年)、三十三間堂の西門を移築したもの。九条通り(九条大路)に面しており、京阪国道口交差点から東へ約100mの場所にある。
    ●蓮花門(国宝) – 鎌倉時代再建の八脚門。本坊西側、壬生通りに面して建つ。
    国宝(建造物)
    ●金堂
    ●五重塔
    ●大師堂
    ●蓮花門
    ●観智院客殿 – 慶長11年(1606年)の建立。
    重要文化財(建造物)
    ●講堂
    ●慶賀門
    ●東大門
    ●南大門
    ●北大門
    ●北総門
    ●宝蔵
    ●灌頂院、同北門、同東門
    五重小塔
    東寺南大門・五重塔(wikipedia-photo)

    南大門・wikipedia-photo

    北大門・wikipedia-photo

    慶賀門・wikipedia-photo

    北総門・wikipedia-photo

    蓮花門・wikipedia-photo

    国宝(絵画)
    ●絹本著色真言七祖像:真言宗の祖師7人の肖像画。7幅のうち5幅は空海が唐から持ち帰ったもので、損傷甚大とはいえ、時代絵画の数少ない遺品としてきわめて貴重。
    京都東寺所蔵の不空像(705~774年)・wikipedia-photo

    [空海の命により821年に描かれ、空海が筆を加えた。805年に制作され、中国で空海に贈られた密教の祖師の絵画5枚セットを補う2巻のうちの1巻。(「真言宗七祖図」セットの一部として国宝)]

    ●絹本著色五大尊像 – 宮中で正月の8日から14日までの間行われた後七日御修法の際に道場に掛けられた仏画。平安後期の作。
    絹本著色五大尊像のうち大威徳明王wikipedia-photo

    ●絹本著色両界曼荼羅(伝・真言院曼荼羅):日本に伝わる両界曼荼羅のうち、もっとも著名なもの。鮮烈な色彩とインド風の濃い諸仏の官能的な肢体が特色。「西院曼荼羅」とも称する。平安時代初期(9世紀)の作。
    両界曼荼羅(真言院曼荼羅、西院曼荼羅)のうち金剛界曼荼羅・wikipedia-photo

    両界曼荼羅(真言院曼荼羅、西院曼荼羅)のうち胎蔵曼荼羅・wikipedia-photo

    ●絹本著色十二天像 六曲屏風一双:鎌倉時代宅磨派の作。wikipedia-photo

     (wikipedia・東寺より)]

    東寺 弘法市(弘法さん) 毎月21日開催
    [全国的に知られる京都を代表する市のひとつ。
    弘法大師・空海の命日(3月21日)にちなみ、毎月 21日に開催されている東寺の縁日で、京都人には「弘法(こうぼう)さん」の名で親しまれています。
    総勢約 1,200もの店舗が軒を連ね、毎月 20万人近くの人々が訪れる。特に骨董店は 150近くも出店しており、通常は店舗営業をしている専門業者も参加しているため、朝早くから訪れるコレクターも多いそう。他の市では少ない植木市なども見どころ。
    http://www.touji-ennichi.com/  (「京都の手作り市まとめ(アートフリーマーケット、蚤の市…)」より)]

    骨董と手作り品の市
    [毎月21日の弘法市が有名な東寺だが、毎月第一日曜日には骨董と手作り品の市が開かれている。露店にところせましと並べられたものには、懐かしさに思わず微笑んでしまうものから、こんなものまで!? と驚くものまで多種多様。気になるものを捜し求めて、ひとつひとつじっくり見て回りたい。 最近は手づくり市にも力を入れており、ますます活気のある市になっている。  (「終(しま)い弘法【東寺】 – 京都観光Navi」より)]

    教王護国寺(東寺)公式ホームページ
    教王護国寺(東寺)境内図

    東寺洛南会館-宿坊 – 宿坊研究会(https://goo.gl/maps/GbbWHoUpiHC2)」

    東寺洛南会館の格安予約・宿泊料金・クチコミ・評判 – フォー .

    東寺資料リンク
    都名所図会」・「巻之二 平安城再刻 東寺」、「巻之二 平安城再刻 八幡山教王護国寺秘密伝法院 (東寺・一枚目)解説」、「巻之二 平安城再刻 八幡山教王護国寺秘密伝法院 (東寺・二枚目)解説
    東寺(拡大図)

    拾遺都名所図会」・「巻之一 平安城 稲荷御迎挑燈 (東寺神供・一枚目)」、「巻之一 平安城 稲荷御迎挑燈 (東寺神供・二枚目)」、「巻之一 平安城 東寺神供解説」、「巻之一 平安城 都町踊
    稲荷御迎挑燈 (東寺神供・二枚目)(拡大図)

    [東寺神供(とうじのしんぐ) – 毎年四月初卯日稲荷例祭に、五社の神輿を東寺金堂の前にすへて、寺を出て法施し神供あまた備ふ、これ東寺古来より例なりとぞ]

    年中行事大成. 巻之1-4 / 速水春暁斎 画図」・「東寺 御影供の図」(3-33)、「解説-1」(3-34)、「解説-2(3-35)」

    都林泉名勝図会」・「巻之一 宝輪院(一枚目)」、「巻之一 宝輪院(二枚目)」、「巻之一 東寺」、「巻之一 東寺解説

    都名所画譜」・「巻之上 東寺

    カメラ位置は八条通で、カメラ南南西方向が東寺北総門(重要文化財)です。

    カメラ南方向が東寺北門(重要文化財)です。

    カメラ位置は東寺通で、カメラ西方向が東寺慶賀門(重要文化財)です。

    カメラ位置は壬生通で、カメラ東北東方向が蓮花門(国宝)です。

    カメラ位置は九条通で、カメラ北方向が東寺南大門(重要文化財)です。