神護寺

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    神護寺
    [神護寺(じんごじ)は、京都市右京区高雄にある高野山真言宗遺迹(ゆいせき)本山の寺院で、山号を高雄山と号する。本尊薬師如来、開基は和気清麻呂である。
    京都市街の北西、愛宕山(924メートル)山系の高雄山の中腹に位置する山岳寺院で、紅葉の名所として知られる。清滝川に架かる高雄橋から長い参道を歩いた先の山中に金堂多宝塔大師堂などの堂宇が建つ。神護寺は空海東寺高野山の経営に当たる前に一時住した寺であり、最澄もここで法華経の講義をしたことがあるなど、日本仏教史上重要な寺院である。寺号は詳しくは「神護国祚真言寺(じんごこくそしんごんじ)」と称する。寺の根本史料である「神護寺略記」や国宝の「文覚上人四十五箇条起請文」などにももっぱら「神護寺」とあり、寺の入口の楼門に架かる板札にも「神護寺」とあることなどから、本項でも「神護寺」の表記を用いる。
    神護寺は、いずれも和気氏の私寺であったと思われる「神願寺」と「高雄山寺」という2つの寺院が天長元年(824年)に事実上合併してできた寺である。
    高雄山寺の歴史上の初見は延暦21年(802年)である。この年、和気氏の当主であった和気弘世(清麻呂の長男)は伯母に当たる和気広虫(法均尼)の三周忌を営むため、最澄を高雄山寺に招請し、最澄はここで法華会(ほっけえ、法華経の講説)を行った。弘仁3年(812年)には空海が高雄山寺に住し、ここで灌頂(密教の重要な儀式)を行った。この時、灌頂を受けた者の氏名を書き付けた空海自筆の名簿(灌頂歴名)が現存し国宝に指定されているが、そこにも「高雄山寺」の寺号が見える。
    神護寺は、空海の後、弟子の実慧真済別当(住職)となって護持されたが、平安時代末期には衰退していた。中世、神護寺再興に力があったのは『平家物語』などで知られる武士出身の僧・文覚であった。彼は仁安3年(1168年)、神護寺に参詣するが、八幡大菩薩の神意によって創建され、弘法大師空海ゆかりの地でもあるこの寺が荒れ果てていることを嘆き、再興の勧進を始めた。その後、後白河法皇源頼朝らの援助を得て、寺の再興は進んだ。
    文覚自身は罪を得て対馬(隠岐とする説もある)に流され、配流先で生涯を終えたが、神護寺の再興は弟子の上覚(上覚房行慈)によって完遂された。なお、鎌倉時代に華厳宗を復興し、高山寺を中興した僧・明恵は上覚の甥で、やはり神護寺に住したことがあった。
    かわらけ投げは、この寺が発祥とされる。境内西の地蔵院から谷に向けて素焼きの円盤(釉薬を使わない土器製の)を投げて厄除けとする。
    神護寺の高雄、西明寺の槙尾、高山寺の栂尾を合わせて三尾と呼び、紅葉の名所となっている。
    伽藍
    周山街道の「山城高雄」バス停から清滝川を渡り、徒歩約20分、長い石段を上った先に神護寺の楼門が西を正面として建つ。楼門を入ると、山の中腹を平らに整地した境内が広がり、右手に書院、和気公霊廟、鐘楼、明王堂が建ち、その先には五大堂と毘沙門堂が南向きに建つ。毘沙門堂の後方には大師堂がある。五大堂北側の石段を上った正面に金堂、その裏手の一段高いところに多宝塔が建つ。境内西端には地蔵院がある。
    ●楼門 – 参道から急な石段を上りつめた先に建つ正門。毘沙門堂などと同様、元和9年(1623年)の建立とされる。wikipedia-photo

    ●毘沙門堂 – 金堂へと上る石段の下に建つ。金堂が建つ前はこの堂が金堂であり、本尊の薬師如来像もここに安置されていた。元和9年(1623年)の建築。内部の厨子平安時代毘沙門天立像(重文)を安置する。wikipedia-photo

    ●五大堂 – 毘沙門堂の背後に建つ。やはり元和9年(1623年)の建築。wikipedia-photo

    金堂への石段・wikipedia-photo

    毘沙門堂と五大堂・wikipedia-photo

    ●金堂 – 楼門を入って境内奥へ進み、右手の石段を上った先に建つ。入母屋造、本瓦葺きの本格的な密教仏堂であるが、建築年代は新しく、昭和9年(1934年)に実業家山口玄洞の寄進で建てられたものである。wikipedia-photo

    鐘楼 – 毘沙門堂などと同様元和9年(1623年)の再建とされる。楼造の鐘楼で、楼上に国宝の梵鐘がある。wikipedia-photo
    梵鐘 – 貞観17年(875年)の作。鐘の表面に鋳出された長文の銘文は、文人の橘広相が詞を、菅原是善(道真の父)が銘を作り、歌人で能書家でもあった藤原敏行が字を書いたもので、当代一流の文化人3人が関わっていることから、古来「三絶之鐘」と称されている。2階建ての鐘楼の楼上に架かっており、一般には公開されていない。

    ●大師堂(重要文化財) – 毘沙門堂、五大堂のさらに奥にある入母屋造、杮(こけら)葺きの住宅風の仏堂。空海の住房であった「納涼房」を復興したもので、現存するものは近世初期の再建である。内部の厨子に正安4年(1302年)作の板彫弘法大師像(重文)を安置する。wikipedia-photo

    ●多宝塔 – 金堂からさらに石段を上った高みに建つ。金堂と同様、昭和9年(1934年)、実業家山口玄洞の寄進で建てられたものである。内部に国宝の五大虚空蔵菩薩像を安置する。wikipedia-photo

    国宝
    ●木造薬師如来立像・wikipedia-photo
    金堂本尊。像高170.6センチ、カヤ材の一木造。唇に朱を、眉、瞳などに墨を塗るほかは彩色などを施さない素木仕上げの像である。目を細めた森厳で沈うつな表情と体躯のボリューム感は、親しみよりも威圧感を見る者に与える。ご本尊の両側には室町時代に作られた十二神将像が立ち並んでいる。

    ●木造五大虚空蔵菩薩坐像 – 本像は通常は非公開であるが、毎年5月と10月に各3日間ほど公開される。(「神護寺 五大虚空蔵菩薩像御開帳」 – 2023年10月御開帳)
    ●紫綾金銀泥両界曼荼羅図(高雄曼荼羅) – 1954年3月指定・wikipedia-photowikipedia-photo
    ●絹本著色釈迦如来像 – 1952年3月国宝指定
    平安時代末期の仏画。通称は「赤釈迦」。画面寸法は縦159.4センチメートル、横85.5センチメートル。平安時代には密教や阿弥陀信仰の興隆により釈迦信仰は低迷していたが、一方で天台宗を中心とした法華経においては釈迦如来が重要視され、本象は法華経仏事において用いられた独尊像と考えられている。赤の衣を着た釈迦像を大きく表し、着衣、光背、台座などは繊細な切金文様と彩色で飾られた12世紀特有の装飾性豊かな表現が特徴とされる。「赤釈迦」の通称がある。wikipedia-photo

    ●絹本著色伝源頼朝像・伝平重盛像・伝藤原光能像
    詳細は「神護寺三像」を参照
    これらの肖像画のモデルについては、寺の根本史料である『神護寺略記』の記述などをもとに源頼朝平重盛藤原光能とされてきたが、確証がないため、国宝の指定名称にも「伝」の字が付されている。従来、12世紀頃の作品で、作者は似絵の名手・藤原隆信とされてきたが、制作年代を南北朝時代まで下降させ、像主についても足利尊氏直義義詮ではないかとする説もある。
    伝源頼朝像(国宝「神護寺三像」より伝源頼朝像。)・wikipedia-photo

    伝平重盛像(新説では足利尊氏像)・wikipedia-photo

    伝藤原光能像(新説では足利義詮像)・wikipedia-photo

    ●絹本著色山水屏風(せんずいびょうぶ)・wikipedia-photo
    平安時代末から鎌倉時代初期の作。密教修法の際、道場に立てた屏風である。  (wikipedia・神護寺より)]

    神護寺公式ホームページ

    神護寺境内案内図(「オープンストリートマップ」より。)

      
    神護寺資料リンク
    都名所図会」・「巻之六 後玄武再刻 高雄山神護寺 (神護寺)」、「巻之六 後玄武再刻 高雄山神護寺 (神護寺)解説
    高雄山神護寺 (神護寺)(拡大図)

    都林泉名勝図会」・「巻之四 高雄 」、「巻之四 神護寺」、「巻之四 高雄山神護寺 (神護寺)解説
    高雄(拡大図)

    神護寺地蔵院(拡大図)

    [高雄 地蔵院
    此秋の暮文覚われを殺せかし  其角
    霞青溪ヲ抹シテ落照深シ紅楓玉澗千林ニ夾ム秋ヲ尋テ何レノ処カ回瞰宜シ寺ハ煙雲縹渺タル岑ニ在リ  百々肇
    高雄山そめしもみぢにみおろしの清瀧河の底さへぞてる  橋本経亮
    高雄山松にうつれば日も青し  暁台]

    国立国会図書館デジタル化資料 – 浪花百景付都名所」 – 「都名所之内 高雄奥の院庭中

    神護寺参道石段のカメラです。

    神護寺楼門前のカメラです。

    神護寺楼門前のカメラで、ストリートビューになっています。

    楼門・書院・宝蔵前のストリートビューです。

    金堂石段下で、五大堂、毘沙門堂前のストリートビューです。

    ストリートビュー北方向が金堂で、金堂の左上方向に多宝塔があります。

    かわらけ投げ広場のカメラです。

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