貴船神社本宮

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貴船神社本宮関連リンク – 「貴船神社結社(中宮)」、「貴船神社奥宮

貴船神社
[貴船神社(きぶねじんじゃ)は、京都府京都市左京区にある神社である。式内社(名神大社)、二十二社の一社で、旧社格は官幣中社。日本全国に約450社ある貴船神社の総本社である。
創建の年代は不詳であるが、社伝では反正天皇の時代の創建としている。社伝によれば、神武天皇の母である玉依姫命が、黄色い船に乗って淀川鴨川・貴船川を遡って当地に上陸し、水神を祭ったのに始まると伝えている。社名の由来は「黄船」によるものとし、奥宮境内にある「御船型石」が、玉依姫命が乗ってきた船が小石に覆われたものと伝える。「気の産まれる根源」が転じて「気生根」になったともいう。
白鳳6年(666年)に、最も古い社殿造替えの記録がある。日本後紀に、延暦15年(796年)、東寺の造営の任に当たっていた藤原伊勢人の夢に貴船神社の神が現れ、鞍馬寺を建立するよう託宣したと記されている。
延喜式神名帳には「山城国愛宕郡 貴布禰神社」として記載され、名神大社に列している。後に二十二社の一社とされ、保延6年(1140年)に最高位の正一位神階を授けられている。
永承元年(1046年)7月、出水により社殿が流失し、天喜3年(1055年)、現在の本宮の地に社殿を再建・遷座して、元の鎮座地は奥宮とした。当社は長らく賀茂別雷神社(上賀茂神社)の摂社とされてきたが、これは天喜3年の社殿再建が契起となっているとする説がある。近世以降、それを不服として訴えが続けられ、明治以降になってようやく独立の神社となった。江戸時代までは賀茂別雷神社の祭神である賀茂別雷命も祭神としていた。
境内
社殿は本宮・結社(中宮)奥宮の3箇所に分かれて建っている。
本宮
本宮は高龗神を祭神とする。本殿・拝殿は2007年に改築されたばかりである。社務所等は本宮境内にある。
本宮参道・wikipedia-photowikipedia-photo、絵馬発祥の杜を表す・wikipedia-photo、神水・wikipedia-photo、奥宮・wikipedia-photo、和泉式部歌碑・wikipedia-photo  (wikipedeia・貴船神社より)]

貴船神社公式ホームページ

貴船神社境内図

[毎年11月初旬から下旬まで貴船神社・貴船川の畔がライトアップされ、街道沿いには灯篭が並び優しい灯につつまれます。貴船神社では土、日、祝にライブイベントが催されます。  (「貴船もみじ灯篭2013 | 京都観光情報 KYOTOdesign」より)]

貴船神社資料リンク
都名所図会」・「巻之六 後玄武再刻 貴船社 (貴船神社)」、「巻之六 後玄武再刻 貴布祢社 (貴船神社)解説
貴船社 (貴船神社)(拡大図)

年中行事大成. 巻之1-4 / 速水春暁斎 画図」・「夏越祓之図」(6-35)

[大祓は民間では、毎年の犯した罪や穢れを除き去るための除災行事として定着した。民間の場合、6月のものは「夏越の祓」(なごしのはらえ)、12月のものは「年越の祓」(としこしのはらえ)と呼び分けられる。夏越の祓では多くの神社で「茅の輪潜り(ちのわくぐり)」が行われる。参道の鳥居や笹の葉を建てて注連縄を張った結界内にで編んだ直径数 m ほどの輪を建て、ここを氏子が正面から最初に左回り、次に右回りと 8 字を描いて計3回くぐることで、半年間に溜まった病と穢れを落とし残りの半年を無事に過ごせることを願うという儀式である。かつては茅の輪の小さいものを腰につけたり首にかけたりしたとされる。これは、『釈日本紀逸文の『備後国風土記』に記されている疫隈国、素盞嗚神社蘇民将来伝説に由来するもので、武塔神の指示により茅の輪を腰につけたところ災厄から免れ、武塔神は自らを速須佐雄と名乗り去っていったと書かれている。  (wikipedia・大祓より)]

貴布禰總本宮 貴船神社 – Google Map 画像リンク」「貴船神社 灯篭階段 – Google Map 画像リンク」「二の鳥居(貴船神社) – Google Map 画像リンク

貴船神社本宮参道石段下のストリートビューです。

貴船神社本宮神門前のストリートビューです。

貴船神社本宮参道石段上・境内のストリートビューです。

貴船神社本宮参拝殿前のストリートビューです。

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