徳林庵(山科地蔵)

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    徳林庵(山科地蔵)
    [山科地蔵は8月22,23日に行われる<京都六地蔵巡り>の一つにあたり、京都の伝統行事で当日は賑わう。平安時代末期に平清盛大善寺(六地蔵)にある六体の地蔵尊を京都への出入り口にあたる六街道の入口に六角堂を建てて、一体ずつ安置したと伝わる。東海道の入口にあたる山科四ノ宮に安置されたのが山科地蔵である。その後、16世紀半ば人康親王菩提を弔う為に禅寺徳林庵が開創された。  (「徳林庵<山科地蔵>(京都市山科区) 京都六地蔵巡り」より)]

    [山科地蔵は小野篁(おののたかむら)公により852年に作られた六体の地蔵尊像のうちの一体で、初め伏見六地蔵の地にあった。後白河天皇は、都の守護、都往来の安全、庶民の利益結縁を願い、平清盛、西光法師に命じ、1157年、街道の出入口6箇所に一体ずつ分置された。以後、山科地蔵は東海道の守護佛となり、毎年8月22日、23日の六地蔵巡りが伝統行事となった。徳林庵は、仁明天皇第四之宮人康(しのみやさねやす)親王の末葉、南禅寺第260世雲英正怡(うんえいしょうい)禅師が1550年に開創した。境内には、人康親王、蝉丸供養塔(室町時代)、茶所の4体石仏(鎌倉時代)、荷馬の井戸、飛脚の釜がある。  (「京都観光Navi:山科地蔵と徳林庵」より)]

    [京都を彩る建物や庭園
    選定番号
     第5-033号   
    推薦理由(抜粋)
     旧東海道に面して建ち,唐破風屋根の拝所が付く六角堂が行きかう人の目に留まる。茶所や荷馬の井戸が残り,往来の人々の休憩の場として賑わった当時の様子を今に伝えている。  (「11.徳林庵 地蔵堂 – 京都を彩る建物や庭園 京都市文化市民局」より)]

    徳林庵(山科地蔵)資料リンク
    都名所図会」・巻之五 前朱雀再刻 六地蔵巻之五 前朱雀再刻 六地蔵解説

    拾遺都名所図会」・「巻之二 左青龍首 巡り地蔵
    四宮川十禅寺橋 巡り地蔵 蝉丸搭(拡大図)

    [図会左下に徳林庵、蝉丸搭、巡り地蔵が描かれ、右端に四宮川十禅寺橋が描かれています。]

    伊勢参宮名所図会. 巻之1-5,附録 / [蔀関月] [編画] ; [秋里湘夕] [撰] 」・「四宮村四宮川巡地蔵」(1-22)

    [四宮村 四宮川巡地蔵
    東雪鈴
    やぶ入の あぶみの君や そでくらべ  (「伊勢参宮名所図会」より)]

    柳谷山 徳林庵(山科地蔵) – Google Map 画像リンク

    カメラ北方向が徳林庵(山科地蔵)です。

    カメラ北北東方向・地蔵堂の右側に「人康親王蝉丸供養塔」があります。

    山科地蔵堂前のカメラ