蹴上の茶店跡

マーカーはカメラ位置です。

蹴上の茶店
[江戸時代、このあたりは粟田口とよばれ、東国から京にはいる玄関口でした。元治元年(1864)に出版された『再撰花洛名勝図会』には蹴上のにぎわいを描く挿絵が収載されています。左手なかほどには、現在も目にすることができる「神明一の鳥居」。これは日向大神宮のもので、当時は日山神明宮の名で親しまれていました。絵は南西からの眺めで、左右にはしる東海道の、手前の右が井筒屋、左が藤屋、向こう側が弓屋。三軒のほかにも加賀屋があり、なべて四季を問わない庭の美しい茶店でした。絵の右上、本陣だった弓屋の庭は、山の勾配(こうばい)を活(い)かしてつくられた二筋の瀧と、池中をおよぐ大きな鯉(こい)が名物です。これらの茶店はもっぱら送迎の場として人びとに利用されたことが絵の解説に記されています。  (「(2)蹴上の茶店 – 京都新聞」より)]

国立国会図書館デジタルコレクション – 東海道絵図」 – 「東海道絵図. 巻第十 土山ヨリ京マデ」(コマ番号24/26)
左絵図中央に「神明町」と記述されています、その右に「神明ヘノ道」と日向大神宮への道筋が記述されています。そこの下方向が蹴上の茶店になると思います。

  
花洛名勝図会」・「東山之部 二 弓屋亭池 (弓屋)」、「東山之部 二 井筒屋前栽 (井筒屋)」、「東山之部 二 蹴上茶店解説」(右ページ左に記述、左ページの図会は藤屋庭前之図です。)、「東山之部 二 蹴上清水 (蹴上の清水)」、「東山之部 二 蹴上清水 (蹴上の清水)解説
弓屋亭池 (弓屋)(拡大図)

(図会左に神明一の鳥居と茶屋・弓屋が描かれ、手前にふぢや、井筒屋が表示されています。図会解釈お勧めサイト)
[同弓屋亭地・牛蹄車跡路泥深シ■戟東西各林ヲ作ス独酌悠然来往ヲ閲ス馬周今日已灰心・頼山陽
弓屋左側にありて諸侯御小休の本陣たり。さるほどに上下の憩ひの間ことごとく備り、庭の仮山に二流の瀑布をしつらひ、池には長大なる鯉をやしなひ花の草木眺めに満て其美観いふばかりなし。古は此街道さみしくして、追分の奴茶屋より旅客を送り来て、強盗ひはぎの難を防ぎしとぞ。今は昼夜に往来絶ず、酒機嫌の花歌に其愁ひをしらざるは、偏に太平の御恩沢といふべし]

東海道名所図会. 巻之1-6 / 秋里籬嶌 [編]」・「蹴上の茶店前の送迎風景

カメラ位置は蹴上安養寺日向大神宮参道前で、参道南側・東海道(大津街道)に面して茶屋の藤屋・井筒屋・加賀屋・弓屋があった。

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