光福寺(六斎念仏)

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    光福寺
    [正しくは、干菜山(ほしなざん)斎教院安養殿光福寺と号する浄土宗知恩院派の寺院で、俗に「ほしな寺」と呼ばれている。  寺伝によれば、寛元年間(1243~47)に道空上人が西山安養谷(あんようがたに)(長岡京市)に建立した一寺(斎教院)が当寺の起りと伝え、天正10年(1582)に、月空宗心(げっくうそうしん)によって現在の地に移された。道空は、六斎念仏を世に広めたことで知られ、その由緒をもって後柏原天皇から六斎念仏総本寺の勅号を賜った。また、文禄2年(1593)に豊臣秀吉が、鷹狩の途次に当寺に立ち寄った時、住職宗心が干菜(ほしな)を献じたことにより、秀吉から干菜山光福寺の称号を与えられたといわれている。本堂には、正和2年(1313)に花園天皇から賜った閉目の阿弥陀如来像を安置し、収蔵庫には、六斎念仏興起書等の諸文献や、秀吉寄進の陣太鼓及び秀吉画像等を収納している。左京区田中上柳町  (「京都観光Navi:光福寺」より)]

    資料リンク
    拾遺都名所図会」・巻之二 左青龍尾 干菜寺
    干菜寺(拡大図)

    光福寺(干菜寺) – Google Map 画像リンク

    カメラ北東方向が光福寺山門です。

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