八瀬天満宮社

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    八瀬天満宮社
    [京都を彩る建物や庭園
    推薦理由(抜粋)
     周囲を巨木に囲まれた八瀬天満宮社は,菅原道真の死後,師である法性房尊意僧正の勧請により建立されたと伝わる。赦免地踊りでは,女装した男性が切子燈籠を頭に載せ,境内の秋元神社に向かう行列が見られる。
    認定番号
     第56号
    認定理由
     八瀬天満宮社は,菅原道真公を祀るため10世紀に建立されたと伝わる。比叡山山麓の敷地に,本殿と9つの摂社,舞楽殿,社務所等が配置されている。本殿は,寛政7年(1795)の大火で一度焼失し,天保15年(1844)に再建された三間社切妻造向拝付,銅板葺きの建物である。蟇股の表面に臥牛,裏面に星梅紋を配置し,天満宮としての特徴を備え,本殿背面には十一面観音の絵図が納められ,神社建築として珍しい特徴がある。境内では,秋元神社祭礼の京都市登録無形民俗文化財「赦免地踊り」を始めとする祭祀がとり行われており,これらは「八瀬童子」と呼ばれる地域の人々により構成される「宮座」と,その中から選ばれる一年神主である「高殿」によって営まれ続けている。樹齢数百年の古木を始めとする樹木に包まれ,社が並ぶ境内は,比叡山山麓の歴史風土を構成する重要な要素となっている。  (「18.八瀬天満宮社 – 京都を彩る建物や庭園 京都市文化市民局」より)]

    「八瀬天満宮その2 ( 京都府 ) – 京都を感じる日々 古今往来Part2」、「八瀬童子の里 八瀬天満宮社 秋紅葉 2014/11/20 – 京の四季」、「0630八瀬天満宮社(Yase Tenmangu Shrine) | うさぎのブログ

    資料リンク
    都名所図会」・「巻之三 左青龍再刻 弁慶の背競石」、「巻之三 左青龍再刻 矢背の里 (八瀬)解説
    弁慶の背競石(拡大図)

    [八瀬の里人はいにしへの風俗ありて、男も女のごとく髪をくるくると髷、女も男の様に脛高くからげ、脚半は向ふのかたにて合せ、草鞋の爪先の紐異なるは故ある事にや。
    氏神天満宮の鳥居のまへに辨慶の背競石とて高さ八尺ばかりの石有。叡山西塔よりここに提来るといひ伝へ侍る。鬼が洞といふは此里の西の方に有。昔叡山の悪児鬼同丸といふ者住しとなり。羅山文集には酒顛童子の洞と称しけるとなん書り。]

    拾遺都名所図会」・「巻之二 左青龍尾 矢瀬天満宮 (天神宮)」、「巻之二 左青龍尾 矢背天神宮 (天神宮)解説
    矢瀬天満宮 (天神宮)(拡大図)

    八瀬天満宮 参道鳥居 – Google Map 画像リンク」「八瀬天満宮 – Google Map 画像リンク

    カメラ位置は若狭街道(鯖街道)の旧道で、カメラ東北東方向が八瀬天満宮社参道です。

    八瀬天満宮社境内石段(Google Map 画像)

    八瀬天満宮社境内鳥居(Google Map 画像)

    八瀬天満宮社本殿(Google Map 画像)

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