鳩居堂宝筐印塔(山中町)

マーカーは鳩居堂宝筐印塔です。

鳩居堂宝筐印塔
[山中バス停で旧道は右手に取り、山中町に入って行く。入口の左手に大きな宝筐印塔が建っている。鳩居堂7代目、熊谷直孝が亡父の追慕と旅する牛馬の道中安全を願って、文久元年(1861)に建立したという。  (「山中(志賀)越えの道を荒神橋から滋賀里へ歩きました – 街道歩き旅」より)]

[京都より山中町入り口、左側に立派な宝篋印塔が建っている、1861年に鳩居堂(寺町姉小路上ル)七代 熊谷直孝が、父直恭が有信堂という種痘所を作り、自身もコレラに感染、亡くなった事による供養塔。又この地に牛馬の休憩場(店で書画の筆を作る為に多くの動物の毛を山中で獲っていた事による供養塔)を作った。
直孝は有信堂に寺子屋を少し組織化した教育塾を設置し、これが全国で最初の小学校開設の基になり、明治2年(1869年)柳池小学校が開校された。  (「山中比叡平歴史散歩」より)]

カメラ北方向が鳩居堂宝筐印塔です。