小丸屋

マーカーは小丸屋です。

小丸屋
[平安時代「月」と「うずら」の里と呼ばれた京都伏見深草は、貴族の別荘地として愛されてきました。桃山時代以降になると、伏見街道が南北に縦貫し、洛中へ行き来する人々でたいそう賑わったようです。この地で、天正(1573 ~ 1592 年)より、団扇が作られるようになりました。いわゆる、団扇面に持ち手の柄を差す、京うちわの形状です。当時、京都の団扇はこの深草の地で作られていた為、総称して “深草団扇” と呼ばれていました。時代は流れ、江戸寛永(1624 ~ 1643 年)の頃、地元瑞光寺元政上人(1623 ~ 1668 年)と歌仲間であった当家の先祖が、お上人のアドバイスにより、もう少し縦長で団扇面と持ち手が一体となった平柄の団扇を作りました。これが庶民の間でもてはやされ、全国的に有名になりました。これまで作られてきた差し柄の団扇は、当時御所団扇や都団扇とも呼ばれ、今の “京うちわ” となっています。そして、持ち手が平柄になった一体型の団扇を、深草団扇と呼ぶようになりました。当店が深草団扇元祖と言われる由縁です。やがて、深草団扇が洛中花街に入り、京の夏を彩る、芸妓舞妓さんの名入り “京丸うちわ” へと歴史を重ねて参りました。京丸うちわは、小丸屋の屋号から、そう名づけられました。長い歴史の中、幾度かの大火に遭い現存する菩提寺過去帳より、没年天明 5 年(1785 年)の先祖から数え、現在で 10 代目としております。  (「創業寛永元年 日本舞踊小道具、舞扇の 小丸屋 – 小丸屋について」より)]

拾遺都名所図会」・巻之四 前朱雀 深草の団屋
深草の団屋(拡大図)

[深草(ふかくさ)の里・団屋店(うちはやみせ)
深草の少将団安ければ京の小町に買はやらかす  去来]

小丸屋 – Google Map 画像リンク

カメラ南西方向が小丸屋です。

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