延暦寺(東塔・無動寺)

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延暦寺(東塔・無動寺)
[無動寺は、根本中堂から南へ1.5キロほど離れたところにあり、千日回峰行の拠点である。不動明王と弁才天を祀っている。貞観7年(865年)、回峯行の創始者とされる相応和尚が創建した。  (wikipedeia・延暦寺東塔」より)]

千日回峰行
[千日回峰行は、平安期相応が始めたとされ、百日回峰行を終えた者の中から選ばれたものだけに許される行である。行者は途中で行を続けられなくなったときは自害するという決意で、首を括るための死出紐と呼ばれる麻紐と、両刃の短剣を常時携行する。頭にはまだ開いていないの華をかたどったをかぶり、白装束をまとい、草鞋ばきといういでたちである。回峰行は7年間にわたる行である。
無動寺谷で勤行のあと、深夜二時に出発。真言を唱えながら東塔、西塔、横川、日吉大社と二百六十箇所で礼拝しながら、約30キロを平均6時間で巡拝する。1~3年目は年100日、4~5年目が年200日の修行となる。
5年700日の回峰を満行すると「堂入り」が行なわれる。入堂前には行者は生き葬式を行ない、無動寺谷明王堂で足かけ9日間(丸7日半ほど)にわたる断食・断水・断眠・断臥の行に入る。堂入り中は、明王堂には五色の幔幕が張られ、行者は不動明王の真言を唱え続ける。毎晩、深夜2時には堂を出て、近くの閼伽井で閼伽を汲み、堂内の不動明王にこれを供えなければならない。堂入りを満了(堂さがり)すると、行者は生身の不動明王ともいわれる阿闍梨(あじゃり)となり、信者達の合掌で迎えられる。これを機に行者は自分のための自利行(じりぎょう)から、衆生救済の化他行(けたぎょう)に入る。6年目はこれまでの行程に京都の赤山禅院への往復が加わり、1日約60キロの行程を100日続ける。7年目は200日ではじめの100日は全行程84キロにおよぶ京都大回りで、後半100日は比叡山中30キロの行程に戻る。
満行すると「北嶺大行満大阿闍梨」となる。延暦寺の記録では満行者は47人である。またこの行を2回終えた者が3人おり、その中には存命中の酒井雄哉大阿闍梨も含まれる。  (wikipedia・延暦寺千日回峰行」より)]

拾遺都名所図会」・「巻之一 平安城 比叡山の阿闍梨の大社巡拝

近江名所図会:サムネイル一覧 」・「比叡山 南谷 無動寺(200017488_00031.jpg)

無動寺 明王堂 – Google Map 画像リンク

無動寺谷明王堂参道鳥居(Google Map 画像)

無動寺谷明王堂参道(Google Map 画像)

無動寺谷明王堂(Google Map 画像)

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