重森三玲庭園美術館

マーカーは重森三玲旧宅です。

重森三玲庭園美術館
[京都の重森三玲旧宅(旧社家)は、吉田神社の名高い神官の邸宅であったものを、昭和18年(1943)に東福寺方丈庭園などの作庭で知られる庭園家の重森三玲が譲り受けた。主屋が享保期頃(1716-35)、書院が寛政元年(1789)と伝えられる江戸期の建物で、これは近衛家の援助によって建立されたものと伝えられる。現在の重森三玲旧宅は、これら江戸期の建造物のほか、重森三玲が新たに自ら設計して建てさせた、二つの茶席(無字庵 昭和28年・非公開、好刻庵 昭和44年)と、自作の書院前庭や茶庭、坪庭がつくられている新旧融合の特殊な場所である。重森三玲旧宅は現在、吉田神社界隈で、格式ある社家建築の趣をつたえる、ほぼ唯一の遺構であり、その文化財的価値は貴重なものである(書院、茶室・無字庵は国の登録文化財)。
書院前の庭(現重森三玲庭園美術館庭園、1970年作)は、中央に蓬莱島、東西に方丈、瀛州、壷梁の三島を配した枯山水庭園で、部屋の内部や縁側から鑑賞することができる。三玲が作庭した数々の寺社庭園や個人宅の庭などに比べた場合、この書院前の庭の特徴は、住まいとしての江戸期の建築と調和しながら、茶を中心にした日々の暮らしに則している点にある。
2006年以来、重森三玲旧宅は、東側・書院庭園部が「重森三玲庭園美術館」として一般に公開され(予約申込制)、館長の重森三明をはじめ重森三玲の遺族によって管理・運営されています。西側の旧宅主屋部は独立した施設「招喜庵」として文化芸術分野で活用されており、通常、一般公開は行われていません。  (「重森三玲の旧宅書院・庭園(重森三玲庭園美術館) – Hi-HO」より)]

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カメラ北方向が重森三玲庭園美術館入口です。