両足院

マーカーは両足院です。

両足院
[両足院(りょうそくいん)は、京都市東山区にある臨済宗建仁寺派の寺院。大本山建仁寺塔頭本尊阿弥陀如来
当院は、鎌倉時代に明庵栄西の法脈・黄龍派(おうりょうは)を継ぐ龍山徳見(りゅうざんとっけん)禅師を開山とする建仁寺の塔頭・知足院として建立された。
その後は黄龍派寺院の本院となっていたが、天文年間(1532年 – 1555年)に火災にあったことを契機として、知足院3世・文林寿郁(ぶんりんじゅいく)が知足院の別院、又は徒弟院(つちえん)として建仁寺開山堂・護国院の中に建立していた両足院と合併し、当院がその名称を名乗って両足院と改名した。一説として後奈良天皇の名が「知仁」であり、「知」の字を避けたことによるのが原因であるともいう。
以後両足院は、安土桃山時代から江戸時代の8世利峰東鋭の代まで、饅頭の祖・林浄因の子孫によって護持された。なお江戸時代初期までは、当院は栄西の直系である黄龍派の中心寺院であったことから霊泉院とともに輪番で建仁寺開山堂・護国院を守護していた。
また、両足院は室町時代中期まで霊源院とともに五山文学の最高峰の寺院であり、江戸時代に入っても「建仁寺の学問面」の中核を担った。
毘沙門天堂 – 祀られている毘沙門天は、織田信長による比叡山焼き討ちの際に鞍馬寺の僧が避難させたもので、もとは鞍馬寺の毘沙門天の胎内仏であったという。後に黒田長政が入手し、関ヶ原の戦いの際には兜の内側にこの像を入れて戦ったという。その後は福岡藩黒田家に伝えられていたが、1877年(明治10年)頃に当院に寄進された。
方丈前庭と山門

両足院書院

本堂と書院前庭

水月亭(左)と臨水亭(右)

  (wikipedia・両足院より)]

[両足院(りょうそくいん) – 開山は建仁寺35世龍山徳見とする。もとは知足院といい、その寮舎であった也足軒と合併し両足院となったともいう。戦国武将、黒田長政に所縁の塔頭で、元は鞍馬寺にあった毘沙門天像を兜の中に入れ、関ヶ原の戦いで活躍したとのいわれがあり、明治時代に黒田侯爵家から像が寄進され、毘沙門天堂に祀られた。両足院は南宋の僧、林浄因が饅頭の文化を日本に伝えた寺とされ、饅頭始祖の寺としても知られている。他にも織田有楽斎好みの茶室「水月亭」や「臨池亭」がある。
儒者三輪執斎の墓。
宋版『東坡集』(111巻中53巻分)を所蔵する。  (wikipedia・建仁寺#塔頭より)]

両足院ホームページ」 – 「特別拝観」(初夏の庭園特別公開-5月下旬~7月上旬)

建仁寺境内図

建仁寺塔頭 両足院 – Google Map 画像リンク

カメラ東方向が両足院山門です。

両足院前庭の360citiesです。

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