二ノ橋の親柱

マーカーは九条高架橋の下・二ノ橋の親柱前です。

4つの橋
[伏見街道には、東山の山麓から流れる川に対して、4本の橋が架けられ、それぞれ北から一ノ橋、二ノ橋、三ノ橋、四ノ橋といわれた。一ノ橋山城国愛宕郡紀伊郡の境目に当たり、その名は古く平家物語などにも見える。明治6年架橋の三ノ橋(「伏水街道第三橋」)(東山区本町)と四ノ橋(「伏水街道第四橋」)(伏見区深草・藤森)は、今なお現役で、京都市内では貴重な石造アーチ橋である。一ノ橋、二ノ橋は川が暗渠化されたため撤去されたが、古写真ではこれらも石造アーチ橋であったことが分かる。一ノ橋の親柱と欄干が一橋小学校の校庭に、二ノ橋の親柱が九条高架橋の下に残されている。
四ノ橋は、下に流れている七瀬川が蛇行して流れていたため流れに対し斜めに架けられる形となったことから直違橋とも呼ばれ、通りの名の由来にもなっている。一ノ橋から三ノ橋は比較的近接しているが、四ノ橋は比較的南の方に離れている。  (wikipedia・伏見街道4つの橋より)]

花洛名勝図会」・「二之橋解説・左ページ1行目」(8-25)
[二之橋 – 東福寺門前一之橋より一町ばかり南にあり。水源は常楽庵(開山堂)の奥より出づ。この橋の北に西に通ふ道あり、九条河原観音橋を経て九条村より東寺に出づ、洛陽観音巡りの通路なり。]

伏水街道第二橋 – Google Map 画像リンク

カメラ位置は九条高架橋の下で、カメラ東南東方向に二ノ橋の親柱があります。橋の位置は北方向・本町16丁目付近にあったようです。

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