五条坂/松原通

マーカーは五条坂/松原通りです。

五条坂関連ページリンク – 「五条坂・清水新道(茶わん坂)

五条坂
[五条通の東端部分の別名であり、東大路通(五条坂交差点)から清水寺へ向かって清水道(松原通の東端部分の別名)までの坂道を指す。また、五条大橋東詰(清水五条駅)から東大路通に掛けての五条通(国道1号)も含めた区間を指していう場合もある。
五条坂交差点以東の部分については、京都でも有数の観光地である清水寺への第一のアクセスになっているため、清水焼や土産物を売る店が並ぶ。観光バスがすれ違うのがやっとの道幅であり、春や秋の観光シーズンには、東大路通から歩く観光客がここを通り、門前近くの駐車場へ向かう観光バス・タクシー・自家用車とあわせ、混雑が激しい。  (wikipedia・五条坂より)」

松原通
[東は清水寺門前から、西は佐井西通の一筋西まで。東の端、清水寺門前から東大路通までは清水道ともよばれる。寺町通から西は平安京の五条大路にあたる。
松並木の綺麗な通から「五条松原通」と言われるようになり、後に「松原通」の名前だけが残った。 豊臣秀吉五条の橋を現在の地に架けたことから二筋南に五条通の名前が移った。 つまり、牛若丸弁慶が出会ったと言われる「五条の橋」は、松原通に架かる橋が正当であり、現在五条大橋西詰におかれている2人の像は二筋南におかれていることになる。なお現在の松原橋は1935年の鴨川水害で倒壊流失後に架け替えられたものである。牛若丸と弁慶の出会ったとされる橋も、鴨川であるとする説の他、鴨川には橋は架かっておらず五条天神宮の近く、西洞院通に沿って流れていた川に架かっていた橋であるとする説もある。  (wikipedia・松原通より)]

都名所図会」・「巻之三 左青龍再刻 五条坂の陶工

花洛名勝図会」・「東山之部 七 五条坂陶器店 」、「東山之部 七 五条坂陶器店解説

[五条坂陶器店・若宮八幡宮
此辺両側とも瀬戸物土瓶茶椀の類、或は土木偶など商ふ家数多ありて、諸国へも商ひ荷を送り下すこと日々也。近世名高き陶器師ありて、毎に貴人なども其家に臨みたまひ、殊に大谷清水等の縁日には諸人往来群をなせり。道八がけぶりもいとへ若楓・金令舎道彦
此辺より松原通、裏に至畑地梅花多し。新梅谷と云ふ]

東山之部 五 松原河原・徒杠 (松原河原)」、「東山之部 五 其二 (松原河原)」、「東山之部 五 松原徒杠 (松原河原)解説
其二 (松原河原)(拡大図)

[其二
かも川の石力なや鮓のをし・月居
ことし草加茂の河洲出来にけり・世南]

カメラ位置は産寧坂(三年坂)の分岐で、カメラ東南東方向が松原通、カメラ北北東方向が産寧坂(三年坂)で、カメラ西方向右が松原通、左が五条坂になります。

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