伏水街道一之橋旧趾

マーカーは伏水街道一之橋旧趾碑です。

伏水街道一之橋旧趾
[一之橋は,伏見街道(本町通)の今熊野川に架けられた橋。愛宕郡紀伊郡との境界ともされていたが,元来は法性寺内の橋であったらしい。この附近では,東の東福寺附近から何本かの川が街道を横切っており,北から順に二之橋・三之橋もあった。また,もともと附近は一之橋町と称し(明治2年に現町名に改める),小学校も一橋(いっきょう)小学校というように,町名・校区名の由来となっていたが埋めたてられた。この石標は,伏見街道に架かっていた一之橋の跡を示すものである。
所在地 東山区本町十一丁目(宝樹寺前)
位置座標 北緯34度58分57.9秒/東経135度46分13.2秒(世界測地系)
建立年 1942年
建立者
寸 法 高128×幅18×奥行15cm
碑 文
[東]
伏水街道一之橋旧趾
[西]
昭和十七年六月建之
調 査 2002年12月18日  (「HI094 伏水街道一之橋旧趾」より)]

[伏見街道には、東山の山麓から流れる川に対して、4本の橋が架けられ、それぞれ北から一ノ橋、二ノ橋、三ノ橋、四ノ橋といわれた。一ノ橋は山城国愛宕郡紀伊郡の境目に当たり、その名は古く平家物語などにも見える。明治6年架橋の三ノ橋(「伏水街道第三橋」)(東山区本町)と四ノ橋(「伏水街道第四橋」)(伏見区深草・藤森)は、今なお現役で、京都市内では貴重な石造アーチ橋である。一ノ橋、二ノ橋は川が暗渠化されたため撤去されたが、古写真ではこれらも石造アーチ橋であったことが分かる。一ノ橋の親柱と欄干が一橋小学校の校庭に、二ノ橋の親柱が九条高架橋の下に残されている。
四ノ橋は、下に流れている七瀬川が蛇行して流れていたため流れに対し斜めに架けられる形となったことから直違橋とも呼ばれ、通りの名の由来にもなっている。一ノ橋から三ノ橋は比較的近接しているが、四ノ橋は比較的南の方に離れている。  (wikipedia・伏見街道4つの橋より)]

花洛名勝図会」・「東山之部 八 一之橋」(図会右下・伏見街道に左端に 一之橋が描かれている。)、「東山之部 八 一之橋解説

伏水街道一之橋跡 – Google Map 画像リンク

カメラ南西方向に伏水街道一之橋旧趾碑があります。また、碑の向こうが宝樹寺です。

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *

*