大和橋

マーカーは大和橋です。

大和橋
[縄手に架かる「大和橋」ですが、普段気にもせず通る。この橋は正式には「大和大路橋」で、橋の脇にこんな説明文があります(画像リンク)。その通りなのですが、色々調べたところ・・
貞享年間(1648~88年)に京都所司代内藤大和守重頼により架設とあります。木橋。長さ8間5分といいますからざっと15Mでかなり大きな橋、というより白川が相当川幅があったと言う事ですね。幅は3間と言うから5M強でかなり広い。
元禄15年(1702年)修復、同じ規模の同じく木橋。
享保17年(1732年)、地頭・祇園宝寿院により江戸幕府に請い石造りに改築。・・つまり往来が激しく頑丈な石の橋に変えたのでしょう。
この大和橋は、実は公儀橋であり、国=幕府管轄の重要な橋。ここらでは三条大橋五条大橋がそれで擬宝珠欄干がその威容さを誇っていた。・・今でも立派な橋で擬宝珠があるのはこの2つだけです。格の違い。
明治の世に入り幕府から京都府の管理となる。その後明治31年京都市の管理に。明治44年白川河川工事で川幅が大幅に縮小され翌年明治45年、石桁。石版橋となる。長さ4軒2分とありますから7M50位。それまでの半分になっていますね。現在の橋に明治45年竣工とありますのでその時の橋を再現したのでしょう。  (「FXで儲けて京都旅行を 20120217」より)]

大和橋資料リンク
花洛名勝図会」・「東山之部 一 其二 (四条橋)」[右ページ左上に大和橋が描かれている]、「東山之部 一 縄手通大和橋 (大和橋)」、「東山之部 一 縄手通大和橋 (大和橋)解説
縄手通大和橋 (大和橋)(拡大図)

[縄手通大和橋・此川岸の酒楼を俗に引こみの富田屋と称す。大木の柳あり。今も猶年々繁茂せり。
青柳のゑまひつくろふ陰に来て春やしるらん白川の水・竹屋春彦
石ばしのはだもぬるむか春の水・祇園来葉]

カメラ位置は大和橋です。

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *

*