忠僕茶屋

マーカーは忠僕茶屋です。

忠僕茶屋
[清水寺境内には 、清水寺 成就院 第24世住職であった月照上人に 因む茶屋が2つある。勤王僧であった月照上人、安政5(1858)年 大老 井伊直弼尊王攘夷派への弾圧の為に行った「安政の大獄」で 追われる身に・・。そこで薩摩藩で保護すべく 西郷隆盛の案内で薩摩へ落ちるが苦労の末にたどり着いた薩摩藩では受け入れを拒否。責任を感じ 西郷も共に 錦江湾に入水。月照上人は入滅されたが 西郷は奇跡的に一命を取り留める。そんな幕末史に残る悲話に関係するのが 舌切茶屋と忠僕茶屋。
舌切茶屋は月照上人が 薩摩へ落ちたあと幕府の役人が寺男の近藤正慎に行き先を問い詰めたが口を割ることなく牢獄の壁に頭を打ちつけ舌を噛み切って獄死した近藤正慎の残された子孫が始めた茶屋。
忠僕茶屋は、月照上人が薩摩に落ちる際のただ一人の供、下僕の重助の妻が始めた茶屋。
2つの茶屋は現在でも子孫によって営まれている。  (「京都幕末紀行20 ~舌切茶屋~ | quesadilla」より)]

忠僕茶屋 (ちゅうぼくちゃや) – 清水寺その他/甘味処 [食べログ]

忠僕茶屋 – Google Map 画像リンク

カメラ南南東方向が忠僕茶屋です。

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