禅居庵(摩利支尊天堂)

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禅居庵(摩利支尊天堂)
[建仁寺境内の南西隅にある禅居庵は、他の塔頭とは雰囲気が異なり、庶民的な感じがする。開山の大鑑禅師は北条高時の招きで日本に来られたとき、中国の土で作った摩利支尊天を袈裟に包んで持参されたとのこと。10月20日の大祭の時にしか尊天を拝することはできないが、顔は天童女、身には甲冑をつけ、頭に宝冠を戴き金色の7頭の猪に乗っておられるそうだ。6本の手に弓矢剣、糸針などを持って悪魔を降服し女人を助け、五穀豊穣をもたらすというありがたい仏様。また、いつの頃からか開運や勝負ごとに勝つといわれ、商人や受験生に人気が高い。
本堂には信者の方が供える、海のもの山のもの(昆布、寒天、湯葉など)を三方にのせた御供えが並べられている。境内に猪の像がたくさん置かれているのは、禅師が来日前に海岸でためらっておられると、猪の背に乗った摩利支尊天が現れ、「東の国に縁あり、私も師とともに海を渡り、師を守って長くその国にとどまり、来世の衆生を利益しよう」といわれたとかで、尊天のお使いとされているため。
1月10日の新年祭、2月節分の星祭、10月20日の大祭があり、その他の月は毎月初亥をご縁日とし、亥年生まれの人をはじめ、多くのお参りの人が訪れる。  (「禅居庵 | 祇園商店街振興組合」より)]

摩利支天
[摩利支天(まりしてん、Skt:Mariciの音写、訳:陽炎・威光)は、仏教の守護神である天部の一柱。日天の眷属である。
原語のMariciは、太陽や月の光線を意味する。摩利支天は陽炎(かげろう)を神格化したものである。陽炎は実体がないので捉えられず、焼けず、濡らせず、傷付かない。隠形の身で、常に日天の前に疾行し、自在の通力を有すとされる。これらの特性から、日本では武士の間に摩利支天信仰があった。
護身、蓄財などの神として、日本で中世以降信仰を集めた。楠木正成は兜の中に摩利支天の小像を篭めていたという。また、毛利元就は「摩利支天の旗」を旗印として用いた。山本勘助前田利家といった武将も摩利支天を信仰していたと伝えられている。禅宗日蓮宗でも護法善神として重視されている。  (wikipedia・摩利支天より)]

建仁寺境内図

禅居庵 – Google Map 画像リンク」、「摩利支尊天堂 – Google Map 画像リンク

カメラ北方向が禅居庵(摩利支尊天堂)南門です。

カメラ東南東方向が禅居庵(摩利支尊天堂)西門です。

禅居庵(摩利支尊天堂)境内のカメラです。

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