東福寺(月下門、三聖寺愛染堂)

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    月下門(月華門)
    [板蟇股(かえるまた)など細部にわたり鎌倉時代の特色をよく残す切妻造檜皮葺木の四脚門で、文永5年(1268年)に一条実経が常楽庵を建立した際に亀山天皇京都御所の月華門を下賜されたと伝えられる。

      (wikipedia・東福寺より)]

    三聖寺愛染堂
    [東福寺境内にある愛染堂と仁王門、万寿寺入口にある鐘楼(以上、各重要文化財)ももとは三聖寺の建物であった。三聖寺は鎌倉時代には禅宗式の大伽藍を持つ有力寺院であったが次第に衰微し、1873年(明治6年)に万寿寺に合併された。1886年(明治19年)には万寿寺が東福寺の塔頭となり、現在に至っている。
    『東福寺誌』によると、1881年(明治14年)に東福寺の仏殿が焼失した際、万寿寺にあった釈迦三尊像を東福寺に移して新しい本尊とした。これが現在東福寺の本堂に安置される本尊釈迦三尊像で、元来は三聖寺に安置されていたものである。このほか、東福寺境内にある愛染堂と仁王門、万寿寺入口にある鐘楼(以上、各重要文化財)ももとは三聖寺の建物であった。1935年(昭和10年)には京都市電と東山通、九条通の開通により東福寺の境内が分断され、万寿寺は東福寺の飛び地のような位置に置かれることとなった。

      (wikipedia・万寿寺より)]

    東福寺境内と周辺図

    都林泉名勝図会」・「巻之三 三聖寺」、「巻之三 三聖寺解説
    三聖寺(拡大図)

    [東福寺中 三聖寺 梟燈籠
    原此地は悪七兵衛景清の旧屋にして、此燈籠も其頃よりありしとかや。此梟よるよる鳴しにより、夜鳴燈籠ともいふ。]

    カメラ位置は屋根付廊下北端で、カメラ北西方向に三聖寺愛染堂があります。

    カメラ初期設定方向に三聖寺愛染堂が、その左方向に月下門があります。

    カメラ西方向が月下門(月華門)で、カメラ北北東方向に三聖寺愛染堂があります。

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