池田屋事変殉難志士墓所跡碑

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池田屋事変殉難志士墓所跡碑
[元治元(1864)年6月5日に起きた池田屋事件で死亡した尊攘派の遺骸は,縄手三条下る東側の三縁寺に葬られた。三縁寺は昭和54年に京阪三条駅前開発にともない,左京区岩倉花園町に移転し,旧境内に建てられていた宮部鼎蔵松田重助の墓をはじめとする池田屋事件死没者の墓と碑も同所に移された。この碑は三縁寺の旧地を示すものである。
所在地 東山区若松町
位置座標 北緯35度00分31.0秒/東経135度46分25.1秒(世界測地系)
建立年 2010年
建立者 (京阪電鉄)
寸 法 高73×幅81×奥行26cm
碑 文
[西]
「池田屋事変殉難志士墓所跡」
元治元年(一八六四)六月五日
池田屋で新撰組隊士に襲われ斃れ
た志士達は、浄土宗法輪山三縁寺
墓地に葬られたが、昭和五十四年
十月、岩倉花園町に再葬された。
三縁寺への行き方、叡山電鉄「八
幡前」下車、北東へ徒歩十五分、
京都バス「花園町」下車、東へ徒
歩三分。
平成二十二年五月建立
[東]
旧葬地の所在
東山区大和大路通三条下る
大黒町 一四五番一
調 査 2010年7月1日
備 考 慶応4年ごろの三縁寺周辺(京町御絵図細見大成)/実際には南北に4軒の寺院が並び三縁寺は北から二番目  (「HI147 池田屋事変殉難志士墓所跡 – 京都市」より)]

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