三条通白川橋【道標】

マーカーは三条通白川橋【道標】です。

三条通白川橋【道標】
[道標は「みちしるべ」とも呼ばれ,現在地から目的地への方向,距離,目的地への経由など。行先や距離が刻まれた石柱状のもので,街道の分かれ道などに建てられている。交通の発達とともに価値は薄れ,その数も減少すているが,当時の交通の様子を知ることができる貴重な文化財である。この道標は,東海道沿いに延宝6年(1678)に建てられたもので,市内存最古の道標である。京都に不案内な旅人のために建てたという建立目的が案内文とともに記されている。  (「京都市指定・登録文化財-史跡」より)]

[所在地 東山区三条通白川橋東詰
位置座標 北緯35度00分33.4秒/東経135度46分51.0秒(世界測地系)
建立年 延宝6年
建立者
寸 法 高157×幅27×奥行24cm
碑 文
[北]
三条通白川橋
[東]
是よりひだり
ちおんゐん ぎおん きよ水みち
[南]
延宝六戊午三月吉日
京都為無案内旅人立之
施主 為二世安楽
調 査 2002年2月20日
備 考 京都における現存最古の道標/京都市登録史跡/『京都の道標』収録  (「HI056 三条通白川橋【道標】 – 京都市」より)]

国立国会図書館デジタルコレクション – 東海道絵図」 – 「東海道絵図. 巻第十 土山ヨリ京マデ」(コマ番号25/26)
絵図を右方向にスクロールすると、「知恩院ヘノ路」と記述され、上に「白川ばし」と記述されています。

  
花洛名勝図会」・東山之部 二 白川橋(図会の左下に白川橋が、左ページ上に粟田神社が、右ページ上に尊勝院・元三太師、中に金蔵寺・御猿堂が描かれている。)、東山之部 二 白川橋解説

伊勢参宮名所図会. 巻之1-5,附録 / [蔀関月] [編画] ; [秋里湘夕] [撰]」・「白川橋」(1-13)、解説・右ページ中程から(1-12)

[白川橋
此川もとは白川村を南へ斜に今の南禅寺まで流れ、夫より西へまがりて加茂川に入、今の檀王其所の落合にして、今檀王の裏手に巾一間余の掘のごとく成る所あり。是元白川筋の跡なり。今の白川橋よりは、壱町余西の方に支流ありて、南に分流する川筋有。是を小川といふ。(上京の小川とは別なり)今の知恩院町を行通り大和橋の下に落る流れなり。平ノ教盛卿小川の山荘といひしは、知恩院町の東にありしならん。木曽殿三条小川に退くといふは、此小川にて今古川と呼所、其あとなり。その形のこりて溝の大なる流れあり。  (「伊勢参宮名所図会」より)]

木曽路名所図会. 巻之1-6 / 穐里籬島 編 ; 西邨中和 [画]」 – 「三条大橋 白川橋」( 1巻 – 17 )

史跡三条白川橋道標 – Google Map 画像リンク

カメラ位置は白川橋南東詰で、カメラ南西方向・白川橋親柱左が延宝6(1678)年建立の道標です。

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