退耕庵(戊辰役殉難士菩提所)

    上地図右のサードバーのマーカーポイント名をクリックするとマーカーポイントの吹き出しが表示されます。

    退耕庵
    [退耕庵(たいこうあん)は京都市東山区にある臨済宗東福寺派大本山東福寺塔頭(たっちゅう)である。本尊千手観音小野小町ゆかりの寺として知られる。拝観には予約が必要である。
    貞和2年(1346年)に東福寺第43世・性海霊見(しょうかいれいけん)によって創建された。応仁の乱により一時荒廃したが、慶長年間(1596年 – 1615年)に安国寺恵瓊によって再興された。
    幕末鳥羽・伏見の戦いの際、東福寺に長州藩の陣が置かれた縁で、退耕庵は鳥羽・伏見の戦いの戦死者の菩提寺となっている。
    境内
    ●客殿(京都府指定文化財)
    ●地蔵堂 – 玉章(たまずさ)地蔵と称される地蔵菩薩坐像のほか、小野小町100歳像などを安置する。玉章地蔵は京都市東山区の渋谷(しぶたに)越えにあった小町寺から明治7年(1874年)に移されたもので、小野小町宛ての恋文を納めると伝える。
    ●昨夢軒 – 四畳半台目の茶室で、豊臣秀吉の死後、石田三成宇喜多秀家関ヶ原の戦いの謀議を行った場所とされている。護衛の武士が控えていたとされる伏侍(ふせざむらい)の間がある(駒敏郎・京都名庭秘話)。
    ●庭園- – 庭は池泉観賞式庭園、南庭は杉苔が特色の枯山水庭園。両庭とも昭和47年(1972年)に修復された。  (wikipedia・退耕庵より)]

    戊辰役殉難士菩提所
    [この地退耕庵は東福寺塔頭の一つ。東福寺境内の北端に位置し,伏見街道の要所にあるため,慶応3(1867)年の鳥羽伏見戦で長州藩の本陣となり,のちに長州藩戦死者の菩提所となった。この石標は,その戦死者菩提所を示すものである。
    所在地 東山区本町十五丁目(退耕庵前)
    位置座標 北緯34度58分47.3秒/東経135度46分17.9秒(世界測地系)
    建立年 1911年
    建立者
    寸 法 高172×幅39×奥行35cm
    碑 文
    [北]
    戊辰役殉難士菩提所
    [南]
    明治四拾四年五月建之 有志中
    調 査 2002年2月28日  (「HI051 戊辰役殉難士菩提所 – 京都市」より)]

    花洛名勝図会」・「東山之部 六 小町寺」(6-45)、「東山之部 六 玉章地蔵堂 (小町寺)解説」(6-45,46)[渋谷街道にあった小町寺]

    退耕庵 – Google Map 画像リンク

    カメラ南南東方向が退耕庵山門で、山門右に戊辰役殉難士菩提所碑があります。

    Leave a Reply

    Your email address will not be published. Required fields are marked *

    *