遣迎院

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遣迎院
[遣迎院(けんこういん)は、京都市東山区にある浄土宗西山禅林寺派の寺院。山号は慈眼山。本尊十一面観世音菩薩。南遣迎院とも称される。西山国師(証空)終焉の地である。
歴史
1201年(正治3年)に九条道家の開基、証空(浄土宗西山派の派祖)の開山により釈迦阿弥陀を本尊として現在地に創建されたのに始まる。1583年(天正13年)には寺の敷地が豊臣秀吉により大仏殿(後の方広寺)の敷地と定められたため移転を余儀なくされた。移転は大仏殿計画地が渋谷仏光寺境内に変更されたため中断されたが、一連の経緯の中で2寺に分かれることとなった。その内の1寺はそのまま残され、浄土宗西山禅林寺派の寺として現存している。もう1寺は現在の北区鷹峯に移され、浄土真宗遣迎院派の遣迎院である。
遣迎院山門

  (wikipedia・遣迎院_(京都市東山区)より)]

西山国師御終焉地
[西山国師は浄土宗西山派の祖である證空(1177~1247)のこと。みずから開いた白河遣迎院で没した。遣迎院はのちに二つに分かれ,一つは寺町通広小路上る(現上京区)に移り,さらに移転して北区鷹峯光悦町に浄土真宗寺院として現存する。もう一つの前にこの石標が立ち,南遣迎院とも称される。碑文南面はこれを指す。
 建立者の神南辺(神辺)隆光は和泉国(現大阪府)の人で,佐野精一「京の碑」5(『京都民報』1978年4月30日付)によれば天保12(1841)年に没するまで諸国に道標や石標を建立したという。
 なお碑文西面に補刻して「鑑智」と記すのは,寛政8(1796)年に贈られた鑑智国師の号を指し,この石標がそれ以前に建立された可能性を示唆する。
所在地 東山区本町十九丁目(遣迎院前)
位置座標 北緯34度58分27.1秒/東経135度46分15.0秒(世界測地系)
建立年
建立者 神南辺隆光
寸 法 高102×幅24×奥行24cm
碑 文
[西]
鑑智
西山国師御終焉之地
[北]
泉州堺 神南辺隆光
[南]
南遣迎院
調 査 2003年4月21日  (「HI096 西山国師御終焉地 – 京都市」より)]

遣迎院 – Google Map 画像リンク

カメラ東方向が遣迎院山門で、山門左に西山国師御終焉地碑があります。