長楽寺

    上地図右のサードバーのマーカーポイント名をクリックするとマーカーポイントの吹き出しが表示されます。

    長楽寺
    [長楽寺(ちょうらくじ)は、京都市東山区にある時宗の寺院。山号は黄台山(おうだいさん)。本尊は准胝観音洛陽三十三所観音霊場第7番札所である。円山公園_(京都府)の東南方に位置する。かつての境内地は円山公園の大部分や大谷祖廟(東大谷)の境内地を含む広大なものであった。長楽寺は、一説によれば805年(延暦24年)勅命により最澄延暦寺の別院として創建したのに始まるという。『平家物語』「灌頂巻」によると、1185年(文治元年)には高倉天皇中宮で安徳天皇の生母である建礼門院(平徳子)が壇ノ浦の戦いの後、この寺で出家したと伝えられる。 法然の弟子、隆寛はこの寺に居住して多念義を唱えた。隆寛の系譜は寺院名をとって後に長楽寺流・長楽寺派といわれた。 1385年(至徳2年)時宗の僧国阿がこの寺に入り、時宗の寺に改められた。1908年(明治41年)には、時宗の道場が置かれ七条道場と称された金光寺がこの寺に統合されている。長楽寺が所蔵する時宗祖師像7躯(慶派仏師の作)は、金光寺から移されたものである。
    2008年(平成20年)、文化財を納めた収蔵庫が火災によりほぼ全焼した。この際、一遍木像(重要文化財)を始めとする全ての文化財は住職らによって火災直後に運び出されたため難を免れた。
    『平家物語』ゆかりの寺であることから、安徳天皇画像、安徳天皇の衣をもって作ったと伝える幡、松久朋琳作の建礼門院彫像などがある。境内には建礼門院の毛髪塔と伝える十一重石塔、頼山陽頼三樹三郎父子の墓がある。
    長楽寺山門

    十一重石塔(建礼門院徳子毛髪塔 2012年3月28日撮影)・wikipedia-photo、頼山陽の墓(2012年3月28日撮影)・wikipedia-photo、頼三樹三郎の墓(2012年3月28日撮影)・wikipedia-photo  (wikipedia・長楽寺_(京都市東山区)より)]

    長楽寺ホームページ

    長楽寺遊行庵-宿坊 – 宿坊研究会

    京都「長楽寺」は最澄、頼山陽、“平家物語”ゆかりの寺院 | 京都府 | トラベ」、「京都散策記 その4 長楽寺 : 散策とグルメの記録」、「新緑に覆われた長楽寺 | 京都観光旅行のあれこれ」、「京都 長楽寺 紅葉・散りもみじ | 京都もよう」、「長楽寺 紅葉の本堂と鐘楼の壁紙 1920×1080

    長楽寺資料リンク
    都名所図会」・「巻之三 左青龍再刻 東山長楽寺 (長楽寺)」、「巻之三 左青龍再刻 東山長楽寺 (長楽寺)解説
    東山長楽寺 (長楽寺)(拡大図)

    都林泉名勝図会」・「巻之二 長楽寺(一枚目)」、「巻之二 長楽寺(二枚目)
    長楽寺(二枚目)(拡大図)

    [円山 端之寮玄関
    端寮ニ遊ブ
    三層楼外桜高低酔客■ニ資シテ望迷ト無ズ平鳳城中春色麗ハシ風光深ク■ス夕湧ノ安  八十一 翁蜀山題]

    花洛名勝図会」・「東山之部 五 東山長楽寺 (長楽寺)」、「東山之部 五 東山長楽寺 (長楽寺)解説

    都名所画譜」・「巻之上 東山長楽寺

    長楽寺 – Google Map 画像リンク」、「長楽寺 本堂 – Google Map 画像リンク

    カメラ東南東方向が長楽寺参道です。

    長楽寺山門前のカメラです。

    長楽寺山門内のカメラです。

    長楽寺本堂(相本堂)前のカメラで、カメラを反転すると鐘楼があります。

    カメラ南西方向左が本堂、右に鐘楼があり、カメラ南東方向に「平安の滝」があります。

    「平安の滝」前のカメラです。

    頼山陽の墓、頼三樹三郎の墓案内板前のカメラで、カメラ西方向が収蔵庫です。

    カメラ西方向が宿坊長楽寺遊行庵です。(Google Maps)

    Leave a Reply

    Your email address will not be published. Required fields are marked *

    *