住友銅吹所跡

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住友銅吹所跡
[寛永年間(1640ころ)住友家2代、友以(とももち)によって開かれた銅精練所跡である。当時大坂は銅精練業の中心地で、両横堀・長堀など川沿いの舟運の便利な場所に多くの銅吹所があった。輸出用の銅はすべて大坂でつくられ長崎へ送られた。そのうち、住友銅吹所が最も有名であった。近年の発掘調査により、金銀を収納する地下金庫・約80基に及ぶ炉跡や、住居跡からは当時の生活を偲ばせる、中国陶器片が多数見つかっている。この銅吹所は明治6年ごろまで続き、その後は住友家の居宅となった。当時木造の洋館は珍しがられたが、戦災で焼失した。  (「40.住友銅吹所(すみともどうふきしょ)跡 – 大阪市」より)]

2:幕府と町人による町づくり ~ 難波 | このまちアーカイブス

カメラ北方向が「元住友家本邸内ビリヤード場」と「住友銅吹所跡」の石碑です。