八尾天満宮

マーカーは八尾天満宮です。

八尾天満宮
[創建の年月に就いては文永年間とも、慶長年間とも二説が有って不詳であるが、旧八尾町大字八尾部落の開発は、慶長年間であるから河内名所図会所載の如く、八尾天満宮は慶長年間 片桐東市正且元の造営であること正史に副うものとの確証が強い。
享保年間の火災により、社殿悉く鳥有に帰したが村民直ちに協力して再興した。現社殿は安政五年の改築である。 八尾部落沿革誌に拠れば「社史・社宝は享保の火災で焼失のため旧縁不詳であるが、祭神二座の内、道真公神像は明和4年5月菅前大納言高辻殿当社に参拝寄進せられ、爾後御神忌の都度高辻家より寄附目録等有之」とある。
境内は、1,142坪、社殿は本殿・幣殿・拝殿在り中門・手水舎・遥拝所の設け有りて、末社には、稲荷社・琴平社・三社(天照大神、春日大神、八幡大神)の外、八尾市産業の守護神として、崇敬篤き八尾戎神社があり、毎年正月7・8両日の八尾戎祭には盛況を呈する。 氏子範囲は本町1丁目より5丁目までと栄町・光南町・新家町に及び八尾市の中心部を占める。  (「八尾天満宮・八尾戎神社」より)]

河内名所図会. 巻之1-6 / 秋里籬嶌 [著] ; 丹羽桃渓 画 – 早稲田大学」 – 「八尾天満宮・八尾御堂(4巻41)

[絵地図右ページ右側に天満宮が描かれ、そこの左側、左ページも含め八尾御堂が描かれています。]
[八尾天満宮ハ慶長年中片桐東市正造立せられ 明和四年高辻殿神宮御寄附]

八尾天満宮参道前のカメラです。

八尾天満宮神門内のカメラです。

八尾天満宮本殿前のカメラで、カメラ西方向が八尾戎神社になります。