原了郭 本店

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原了郭
[貞享 2 年( 1685 )江戸時代中期。時の将軍は、5 代徳川綱吉である。
天皇や将軍を診ていた漢方医の『曲直瀬 道三』が御香煎を処方し、(時代を考えると、三代目か四代目の道三にあたる)この御香煎を道行く人に飲ませ、竹筒に入れ販売したことがはじまりである。当時の様子が丸山応挙の弟子である山口素絢(やまぐちそけん)によって『東海道名所図会』に描かれている。
先祖
赤穂義士四十七士の一人、原惣右衛門元辰(はらそうえもんもととき)。
1703年1月30日の赤穂事件討ち入りでは、足軽頭として表門隊に務め、 1703年3月20日幕府の命で切腹、忠義を貫き56年の生涯を閉じた。
惣右衛門の最初の妻との間にできた子の一人が原儀左衛門道喜(はらぎざえもんみちよし)で、初代原了郭である。儀左衛門が出家した時の名である「了郭」を店名とした。
のれんや看板の字を書いたのが祇園社代(八坂神社)の山本大蔵で、惣右衛門の妻の従弟である。
香煎とは
お湯に振り入れ、香りを楽しむ飲み物。お茶事の待合や、料亭や、旅館、ホテルで最初に出される飲み物として、また、甘味に添える飲み物として重宝されている。現在では、御香煎・青紫蘇香煎・志そ香煎・あられ香煎・桜香煎の5種類だが、以前は他の味も扱っていた。
5 種の中の御香煎(おこうせん)は、漢方薬の原料と赤穂の焼き塩でできている。
一子相伝の製法を守るため、製法や原料は全て明かしていない。  (「歴史 – 原了郭」より)]

東海道名所図会. 巻之1-6 / 秋里籬嶌 [編]」・「御香煎所」( 1 巻 – 14 )

カメラ北東方向に原了郭 本店があります。