古川跡碑(舩具店)

マーカーは古川跡碑です。

古川跡碑
[九条島はたびたび淀川の氾濫に苦しめられました。貞享元年(1684)、幕府の命により、河村瑞賢は九条島の治水工事に着手し、淀川を大阪湾に向かってほぼまっすぐに流し込む新しい水路を開削しました。この水路はしばらく「新川」と呼ばれていましたが、この地が「安らかに治まるように」との願いより、安治川と名付けられました。安治川を利用することにより市中への船の出入りが容易になり、大坂は天下の台所として大いに繁栄しました。紀功碑は大阪城築城の際、川底へ落ちた「残念石」を引き揚げて利用しています。「古川跡」は安治川開削前に流れていた水路で、終戦後、大阪府の防潮堤工事のために埋め立てられました。  (「安けく治むる川・安治川を作った豪商」より)]

摂津名所図会. [前,後編] / 秋里籬嶌 著述 ; 竹原春朝斎 図画」-「5巻31・舩具店

「舩具店 古河口の近隣なる町々にこの店多し」と記述されています。

大阪の地図(1686年)(拡大図)

絵地図を下にスクロールすると、九条島と記述され、その間に新川、その右上に安治川と記述され、その右に古川が描かれ、古川町と記述されています。

カメラ南西方向右に河村瑞賢紀功碑、左に古川跡碑があります。