大和民俗公園(奈良県立民俗博物館)

マーカーは奈良県立民俗博物館です。

奈良県立民俗博物館
[奈良県立民俗博物館(ならけんりつみんぞくはくぶつかん)は、奈良県大和郡山市矢田町にある博物館である。
1974年(昭和49年)に開館。大和民俗公園の約26.6ヘクタールの敷地内には自然林が残され、梅林や菖蒲園などが整備されている。敷地の南東寄り中央に博物館施設がある。
民俗博物館
奈良に暮らす人々の農具などの生活用具などを収集し、これらを保存・展示公開している。
奈良県立民俗博物館・wikipedia-photo
大和民俗公園
奈良県内各所で江戸時代に建てられ実際に使われていた茅葺き屋根などの様々な建築様式の家屋(民家・土蔵)11件(15棟)を移築・展示している。うち、2件(3棟)が日本国の重要文化財、7件(10棟)が奈良県指定有形文化財となっている。
重要文化財
旧臼井家住宅・wikipedia-photo、旧岩本家住宅・wikipedia-photo、旧松井家住宅・wikipedia-photo  (wikipedia・奈良県立民俗博物館より)]

大和名所図会. 巻之1-6 / 秋里舜福 [著] ; 竹原信繁 画」・「滑稽談万歳」(1-31)

[江戸時代(18世紀後半~19世紀前半期)の大和万歳の装束は、侍烏帽子素襖様とされることが多く、例えば大田南畝の随筆『一話一言』には、「和州ノ萬歳ハ太夫才蔵共ニ烏帽子素襖ヤウノモノヲ著ス」とあり、同時期に出版された『大和名所図会』(寛政3年=1791)の大和万歳挿図に、太夫は橘文様、才蔵は熨斗目と柄違いながら、共に素襖のような衣裳を身に着けた姿が具体的に描かれています。
大和万歳とは、初春に、太夫と才蔵の二人一組で家々を訪れ、家や人の繁栄を祝う賀詞を歌って舞い、米銭などを受け取る祝福芸の一つです。近世には、特色をもったいくつかの系統の万歳が各地で行われるようになり、広瀬郡平群郡式下郡などから訪れ、京周辺、大和国内を旦那場とし、巡回する「大和万歳」もよく知られていました。
 明治期には開化諸政策の中、一旦廃止となりましたが、その後復活、大正年間までは畿内に巡回していたようです。しかし、昭和初期には廃止の申し合わせが行われたようで、昭和40年代頃に入ると、伝承者も皆無となったようです。
 昭和30年4月、奈良県の無形文化財の指定を受けていますが、昭和52年、奈良県文化財保存顕彰規定が、文化財保護条例となった際には、後継者がいないとして指定替え、更新が行われませんでした。
 本資料群は、昭和56年(1981年)4月、最後の伝承者の御子息(故人)より寄贈を受けたものです。途絶した大和万歳のかつての活動を具体的に伝える貴重な遺品です。  (「大和万歳資料 01衣装類 – 奈良県立民俗博物館」より)]
[大和万歳資料 – 出会う 奈良県歴史文化資源データベース]

光明峯寺入道前摂政左大臣」(3-30)

大和郡山市観光協会公式ウェブサイト – 県立民俗博物館(大和民俗公園)

奈良県大和郡山市 奈良県立民俗博物館

旧鹿沼家住宅 – Google Map 画像リンク」、「旧西川家土蔵 – Google Map 画像リンク」、「旧萩原家住宅 – Google Map 画像リンク」、「奈良県立民俗博物館 – Google Map 画像リンク

カメラ北東方向が大和民俗公園入口のストリートビューです。

カメラ西北西方向が奈良県立民俗博物館入口のストリートビューです。

カメラ北東方向が旧臼井家住宅のストリートビューです。

カメラ東方向が旧岩本家住宅で、カメラ北西方向が旧松井家住宅です。

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *

*