大和郡山市稗田町道標(売太神社西方)

マーカーは大和郡山市稗田町道標(売太神社西方)です。

今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部  谷 謙二(人文地理学研究室)京阪神図」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。

大和郡山市稗田町道標(売太神社西方)
[元は北を向いていたと思われます。
ぼだいせん(菩提山)とは正暦寺のこと。
・各面の内容
[西面]_すぐ、大峯山上、かうや、左、ぼだいせん、道
[東面]_すぐ、京、道
[北面]_天保十己亥年十二月吉日
[南面]_郡山日野出講中
建立年 : 1839年 (天保10年)
売太神社西方・稗田集落西端 (下ツ道)   (「0338-大和郡山市稗田町の道標-1 (売太神社西方)」より)]

今昔マップ on the web」の1892~1910年の地図中央・稗田本郷が描かれ、下ツ道は集落内を通り、集落の西端から南進している状況が描かれています。

カメラ東南東方向に大和郡山市稗田町道標(売太神社西方)があります。